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2014年7月29日 (火)

父・戦争・祖先を歌う流れか/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

「月」といえば、直ちに「父」を連想する先入観が子供たちにある。
――と中原思郎は書きました。

ということは
「山羊の歌」の「月」も
「在りし日の歌」の「月」も
どちらも父・謙助のメタファーという読みになります。

「養父の疑惑――」 養子だった父には、いつも養父の監視の眼がつきまとっていた。
「ああ忘られた運河の岸堤、――戦車の地音」 軍人時代、戦地を思い出す。
「銹びつく鑵の煙草とりいで 月は懶く喫っている。」 ヘビースモーカーだった父は、エヂプト煙草の古いブリキの空罐に入れた刻みたばこを、気力のない手付きで喫っていた。

――と「山羊の歌」の「月」の詩行について
「事典・中也詩と故郷」は続けます。

「七人の天女」 看護婦たちは忙がしげに立ち働いているが、
「汚辱(おじょく)に浸る月の心に なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。」 中也の落第は痛恨だった。
「遠にちらばる星と星よ!」 あちこちの患者たちが眼に浮かぶ。
「おまえの劊手を月は待ってる」 外科手術の手伝いをしてくれる軍医時代の部下でもやって来ないかナー、父はもう何もしたくない。

――と「劊手」を「外科手術の手伝い」の意味に取りました。

(「中原中也必携」学燈社、「別冊国文学」1979年夏季号、吉田凞生・編より。)

目から鱗(うろこ)が落ちるようです。
疑問がことごとく氷解してゆきます。
溜飲が下がるとでもいいましょうか。

「サーカス」の「茶色い戦争」や「落下傘奴のノスタルヂア」

「朝の歌」の「鄙びたる 軍楽の憶い」

「都会の夏の夜」の「商用のことや祖先のことや」

「黄昏」の「なんだか父親の映像が気になりだす」

「冬の雨の夜」の「いつだか消えてなくなった、あの乳白の脬囊(ひょうのう)たち」

「逝く夏の歌」の「嘗(かつ)て陥落(かんらく)した海のことを その浪(なみ)のことを語ろうと思う。」や
「騎兵聯隊(きへいれんたい)や上肢(じょうし)の運動や、下級官吏(かきゅうかんり)の赤靴(あかぐつ)のことや、山沿(やまぞ)いの道を乗手(のりて)もなく行く 自転車のことを語ろうと思う。」

「春の思い出」の「古き代(よ)の富みし館(やかた)の カドリール ゆらゆるスカーツ」や
「何時(いつ)の日か絶(た)えんとはする カドリール!」

――等々、「父」や戦争や祖先に関して歌った詩の流れへと続きますから
とても説得力のある読みであることに違いありません。

と同時に
あんまりスッキリした読みなので
むしろ振幅(はば)を失った感じを否めないのはなぜでしょうか。

詩人の含意(の射程)は
もう少し広いのではないか。

父の愁しみを歌うこと自体は自然ですが
「春の日の夕暮」から
「サーカス」を歌い
「朝の歌」を歌う流れを外れてしまうというおそれもあります。

詩人はどこへ行った?
父の愁しみをここでわざわざ歌う必然はないのではないか?
――などという疑問が生じます。

とりわけ「春の日の夕暮」からの繋がりが見えなくなりそうなことが
いっそう新たな読みの探求へと駆り立てることでしょう。

「月」という詩は
詩の作者に最も近く存在した者の読みによって
新たないのちを得ることになりましたが
この読みによって
閉じられたということにはなりません。

次から次へと新しい読みが
試みられ研究され
詩はたえず生成されます。

今回はここまで。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

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