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2014年7月 8日 (火)

「冬の長門峡」の二つの過去/面白い!中也の日本語

すでに「冬の長門峡」へのアプローチを
「生きているうちに読んでおきたい名作たち4」としてアップしましたが
ここでもう一度読んでおきましょう。

少しだけ手を入れた部分がありますが
過去の読みと現在の読みとが
ようやく繋がりはじめました。

冬の長門峡

長門峡に、水は流れてありにけり。 
寒い寒い日なりき。

われは料亭にありぬ。 
酒酌みてありぬ。

われのほか別に、 
客とてもなかりけり。

水は、恰も魂あるものの如く、 
流れ流れてありにけり。

やがても密柑の如き夕陽、 
欄干にこぼれたり。

ああ! ――そのような時もありき、 
寒い寒い 日なりき。

(※「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。「新字・新かな」に変えてあります。編者。)

叙景にはじまり叙情に転じる詩であるという角度でみると
「冬の長門峡」は
「春の日の夕暮」と同じグループの詩篇です。

しかし「転」の部分の動きが
それほどくっきりしているものではないので
そうとは見えにくいのですが
じっくり読めば「起承転結」が浮かび上がってきます。

そもそも2行6連構成の詩ですから
きっかり起承転結に当てはまりませんが
第1連が起
第2、3連が承
第4、5連が転
第6連が結
――というようなことになるでしょうか。

第1連で、長門峡の風景から起こし
第2連、第3連で、それを受(承)けて詩人が登場します。
ここまでは静かな長門峡と宿にいる詩人の叙景です。

第4連、第5連
水は、恰(あたか)も魂あるものの如く、
流れ流れてありにけり。

やがても密柑(みかん)の如き夕陽、 
欄干にこぼれたり。
――で、この詩の風景の中に動きが出てきて

最終第6連
ああ! ――そのような時もありき、 
寒い寒い 日なりき。
――が「結(論)」と読める構造です。

技巧も修辞(レトリック)もないような詩で
プロの読み手にも賛否両論がありますが
読み込めば読み込むほど
ハイ・ブローな技が見えてくる詩です。

一読して単調な感じを抱かせますが
読めば読むほどに深みが出てきます。

まず冒頭連の

長門峡に、水は流れてありにけり。
寒い寒い日なりき。
――で、ある特定の過去(ある日ある時)に
長門峡に遊んだのが寒い日だったことを叙述します。

第2連から第5連までは
長門峡での経験の内容が淡々と語られ
最終第6連でふたたび
寒い寒い 日なりき。
――と、その日が寒い日だったことを述べます。

それだけです。

かつて長門峡に遊んだ日が寒い日だったことを
冒頭と末尾で繰り返し
その間の連で
詩人が目にした景色や経験が歌われるのですが
冒頭行など3か所に出てくる「けり」には
過去を表わしつつ「詠嘆」の気持ちが込められています。

水は流れてありにけり。
客とてもなかりけり。
流れ流れてありにけり。

この3行には「詠嘆」の気持ちがあるということです。

情景描写の中に情感が込められているのですが
ほかの行は、

なりき
ありぬ
こぼれたり
ありき
なりき
――と過去を断定的に叙述するだけになっています。

こちらは心の動きを感じさせない工夫が凝らされているのです。

この詩の背後には
愛息文也を失った悲しみがあり
詩人はそれを表面に出すまいと歯を食いしばっているからです。

詩人はいま長門峡を目前にしているのではありません。
長門峡を見ながら写生しているのではありません。
長門峡は遠い日に遊んだ場所です。

それを回想して歌っているうちにその過去へ入り込み
長門峡を流れる水が
魂を持つかのように流れているのを感じたのです。

この魂は文也以外にありえません。

水に魂を感じてまもなく
今度はミカンのような真ん丸であったかそうな夕陽が
欄干越しに現われました。

この夕陽も文也以外にありえません。

どちらも回想の中に現われた風景なのですが
詩人はいま、それらを目前にしているように
ありありと思い出すのです。

が……次の瞬間、
それらが遠い過去のものであることを知ります。

第5連と第6連の間は
連続しているようで
無限といってよい時間が存在します。

ああ! ――そのような時もありき、
寒い寒い 日なりき。

――と我に帰る詩人は
回想をはじめた冒頭の時間から
遠く隔たった今を自覚します。

この詩には
二つの過去があります。

過去の時間が二つあります。

今回はここまで。

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