おやじのハゲ頭/面白い!中也の日本語
(前回からつづく)
月は、地球の衛星である月ではなくて
人のメタファー(喩)です。
その人は愁しみのドラマの中にあり
その主人公です。
誰だか不明な人間を月に見立てて
その悲愁の根を
首切りナイフで切り落としてしまいたいと願うほどに
根深い愁しみのようです。
はじめ不明なこの人こそ
詩の作者である詩人にほかならないことが見えてきました。
◇
詩人と遠いところにいる一人の読者が
素手で「月」を読めばこのようになりますが
詩の読みは十人十色、百人百様。
人によってまったく異なる読みが試みられるのが普通です。
◇
幼き日の詩人に最も近くにいた弟、中原思郎は
まったく意外な読みを披瀝していて
とても説得力がありますし
あまりに面白いので
それを見ておくことにしましょう。
「中原中也必携」(学燈社、「別冊国文学」1979年夏季号、吉田凞生・編)の中に
「事典・中也詩と故郷」はあり
「月」に関する記述を読むことができます。
◇
「あゝ」
「いちじく」
「蛙」
「家系」
「帰郷」
「汽笛」
「血縁」
「校外教師」
「権現山(ごんげんやま)」
「三歳の記憶」
「詩的萌芽」
「詩碑」
「泰雲寺(たいうんじ)」
「長門峡(ちょうもんきょう)」
「長楽寺」(ちょうらくじ)」
「月」
「トタンがセンベイ」
「墓」
「椹野川(ふしのがわ)」
「防長新聞(ぼうちょうしんぶん)」
「亡弟」
「骨」
「水無川(みずなしがわ)」
「山羊」
「山口・湯田」
――。
この「事典」の見出し語をすべて挙げてみましたが
タイトル「事典・中也詩と故郷」の通り
中也の先祖から幼少時代のエピソードを集めた事典であり
詩人の故郷への案内になっています。
いまや世界詩人としての評価が高まりつつあり
これまで都会詩人であると見なされてきた中也は
まぎれもなく地方詩人でありました。
もっともどんな国際詩人も
出自となるとローカル色がにじみだすのは当たり前ですが。
◇
中に「月」の項はあります。
「月」を中也の父・謙助と見立てて読んでいます。
一部を読みましょう。
(略)
父謙助の頭髪は、軍人時代の半ばころから薄くなり、爾来急速に禿げつづけ、黄金時代の中期す
でに丸禿げであった。中也ら子供たちは、父の禿げ頭を背ろから指さし、「出た出た月が、まある
いまあるいまんまるい」と歌って笑い転んだ。
(略)
◇
月が「おやじのハゲ頭」だなんて!
オモシロスギマセンカ!
◇
月
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。
ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。
それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に
なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
途中ですが
今回はここまで。
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