ボードレールの「月」/面白い!中也の日本語
(前回からつづく)
ボードレールの永井荷風訳「月の悲しみ」(Tristesse de la lune)の冒頭行
「月」今宵(こよひ)いよゝ懶(ものう)く夢みたり。
――が中也の記憶に残ったのかどうか。
月がもの憂い状態にあることを歌った詩が
そうざらに見つかることはないのでしょうが
ボードレールのほかの詩に「憑かれた人」があり
この詩にも「月の倦怠」というモチーフがあることを指摘するのは
「中原中也必携」(学燈社、吉田凞生・編)です。
◇
「月」が制作された大正14年(と吉田は推定)は
中也が上京した年であり
8月頃には「大体詩を専心」しようと決めた年であり
前年に京都で富永太郎と親交を結び
この年4月には小林秀雄を知った中也が
ボードレールに強い影響を受けていた富永、小林との交友の中で
ボードレールに関心を抱いていたことに吉田は着眼しました。
そしてボードレールを渉猟(しょうりょう)したのか
偶然見つけたかしたのでしょう。
◇
いま手元にある「悪の華」(集英社文庫、安藤元雄訳)の
「憑かれた人」に目を通しておきましょう。
◇
37憑かれた人
太陽が喪のヴェールに顔をかくした。それと同じに、
おお わがいのちの月よ! すっぽりと闇に包まれなさい。
眠るもよし 煙草を喫むもよし。じっと黙って、暗い顔で、
『倦怠』の深淵にそっくり沈みこんでいきなさい。
私はそんなおまえが好きだ! けれども、もしもおまえが今日、
蝕みあった天体が薄闇からぬけ出すように、
『狂気』のあるれ返る場所に羽根をひろげてみたいなら、
それもよし! 魅惑にみちた短剣よ、鞘から走れ!
シャンデリアの焔でおまえの瞳に火をともせ!
無作法な男どもの目に欲望の火をともせ!
おまえのすべてが わが喜びだ、しなだれていても活発でも。
好きな姿でいればいいのさ、黒い夜、赤いあけぼの。
ふるえる私の全身の筋という筋が一つ残らず
叫んでやまない、『おお いとしの魔王よ、おまえを崇める!』と。
◇
月が現われ
倦怠が歌われ
短剣が出てくるあたりに
中也の「月」への反映があるといえばありそうなかすかなものですね。
そのためか
「新編中原中也全集」はこの吉田説を案内していません。
新全集が新たに参考文献として紹介するのは
オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」です。
◇
途中ですが今回はここまで。
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