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2014年7月23日 (水)

素手(すで)で「月」をつかむ/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

「山羊の歌」で2番目に配置されている「月」は
難解な詩ですが
難解な詩であることのために
難解な詩を読み解く楽しみがある詩でもあります。

素手(すで)でこの詩を読むと
難解さを倍加させることになりそうですが
一概にそうとは言えず
参考書のようなものに頼れば頼るほど
詩が遠ざかっていくというような羽目に陥ることもありますから
用心しなければなりません。

なんにも頼らずに
詩と向き合っているだけのほうが
詩に近づけるケースというものがあります。

一読して、うーんと頭をかかえてしまいそうですが
やっぱりここは
「春の日の夕暮」からの流れに置いて
読むと見えてくるものがあります。

瓦がはぐれた――。

ここに「春の日の夕暮」は動きはじめました。
ここでスイッチ・オンの状態に入りました。

夕暮が静脈管の中へ前進するのですが
それがどうしたというのでしょうか?

美しいのでしょうか
悔しいのでしょうか
悲しいのでしょうか
寂しいのでしょうか
空しいのでしょうか
焦っているのでしょうか
怒っているのでしょうか
……。

さしあたっては
ヒントがこのあたりにありそうと見当をつけてみますと……。

夕暮れの中に
一人ぽつねんとしている詩人の姿が見えてきます。

その流れではないだろうか。

「月」が難解なのは
特に第1連。
そのうち第3行、第4行は特に。

秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。
――は、歯が立ちませんから飛ばしましょう。

(最後になれば理解できるかもしれませんし、理解は永遠に訪れないかもしれません。)

第1行に
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
――とあり
最終行が
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる
――で終わっていることを読み取ることができれば
しめた!ではないでしょうか。

悲愁に暮れている月(誰か)が
首切り(役人)を待っているのです。

月がこの悲しみを
断ち切ってほしいと願っているのです。

となると、
月は私=詩人でしょうか?
ほかの人物でしょうか?

こんな疑問が出てきます。

なんの前知識もなく「月」を読んで
糸口をつかむには
何度も何度も読むしかありません。

ある時、ふと気がつくのです。

今回はここまで。

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