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2014年8月10日 (日)

白秋の初恋以前/「石竹の思ひ出」

(前回からつづく)

中也の「初恋集」は
「すずえ」「むつよ」と相手の女性の名前をタイトルにしていますから
藤村の「若菜集」に
「おえふ」
「おきぬ」
「おさよ」
「おくめ」
「おつた」
「おきく」
――とあるのにつくりが似ています。
(「おえふ」とあるのは「歴史的かな遣い」で、現代かな遣いでは「およう」です。)

藤村の生まれが1872年ということは
中也の父謙助の生年(1876年)より少し前ということになり
藤村は中也の父の世代の人ということになりますから
それほど「昔」の人ではなかったともいえますが
父の世代ほど遠い人だったということもできます。

藤村の「初恋」と一緒にされることを
中也は苦笑するでしょうか
ビッグネームに伍して語られることを
喜ぶことでしょうか。

初恋(の思い出)というのは
時代を経ても底では通じているはずですから
とやかくいうほどでないことではありましょう。

朔太郎の「月に吠える」が1917年、
藤村の「若菜集」が1896年の発行となれば
次に思い出したいのは
北村透谷、蒲原有明、薄田泣菫といった詩人が浮かんできますが
ここではそこまで遡(さかのぼ)る前に
もう少し見ておきたい詩人たちが
中也が生きていた時代に何人かいます。

その一人は
北原白秋です。

白秋は
朔太郎の「月に吠える」の強力な推薦者でありました。

中也も
「雪の宵」ではエピグラフに使っていたり
「まざあぐうす」を読んだ記録を残していたり
「汚れっちまった悲しみに……」などに流れる調子が
「白秋調」(大岡昇平)と呼ばれたりするほどに
いろいろなところに影を作っています。

「在りし日の歌」にある「三歳の記憶」に
白秋の「石竹の思い出」の反響があることは
「新編中原中也全集」にも参考として案内されているので
広く知られるところとなっています。

石竹の思ひ出

なにゆゑに人々の笑ひしか。
われは知らず、
え知る筈なし、
それは稚(いとけな)き三歳のむかしなれば。

暑き日なりき。
物音もなき夏の日のあかるき真昼なりき。
息ぐるしく、珍らしく、何事か意味ありげなる。

誰(た)が家か、われは知らず。
われはただ老爺(ヂイヤン)の張れる黄色かりし提燈(ちやうちん)を知る。
眼のわろき老婆(バン)の土間にて割(さ)きつつある
青き液(しる)出す小さなる貝類のにほひを知る。

わが悩ましき昼寝の夢よりさめたるとき、
ふくらなる或る女の両手(もろて)は
弾機(ばね)のごとも慌(あわ)てたる熱き力もて
かき抱き、光れる縁側へと連れゆきぬ。
花ありき、赤き小さき花、石竹(せきちく)の花。

無邪気なる放尿……
幼児(をさなご)は静こころなく凝視(みつ)めつつあり。
赤き赤き石竹の花は痛きまでその瞳にうつり、
何ものか、背後(うしろ)にて擽(こそば)ゆし、絵艸紙の古ぼけし手触(てざはり)にや。

なにごとの可笑(をかし)さぞ。
数多(あまた)の若き猟夫(ロツキユ)と着物つけぬ女との集まりて、
珍らしく、恐ろしきもの、
そを見むと無益にも霊(たまし)動かす。

柔かき乳房もて頭(かうぺ)を圧(お)され、
幼児(をさなご)は怪しげなる何物をか感じたり。
何時(いつ)までも何時までも、五月蠅(うるさ)く、なつかしく、やるせなく、
身をすりつけて女は呼吸(いき)す、
その汗の臭(にほひ)の強さ、くるしさ、せつなさ、
恐ろしき何やらむ背後(うしろ)にぞ居れ。

なにゆゑに人々の笑ひつる。
われは知らず、
え知る筈なし。
そは稚(いとけな)き三歳の日のむかしなれば。

暑き日なりき、
物音もなき鹹河(しほがは)の傍(そば)のあかるき真昼なりき。
蒸すが如き幼年の恐怖(おそれ)より
尿(いばり)しつつ……われのただ凝視(みつ)めてありし
赤き花、小さき花、目に痛き石竹の花。
(神西清編「北原白秋詩集」新潮文庫、昭和48年4月30日 39刷より。)

この詩が歌っているのは
初恋以前の
ずーっとずーっと幼い日の
性的体験でした。

そこに恋と呼べるようなものが
混じっていなかったともいえない
性の芽生えみたいなものでした。

今回はここまで。

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