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2014年8月15日 (金)

危機脱出後の白秋

(前回からつづく)

大正3年春の「真珠抄」と同じ年の秋に
「白金之独楽」は出されました。

この詩集にも序があり
「白金ノ独楽序品」と題されて
冒頭に置かれています。

やや長いものですが
全文を読んでみましょう。

白金ノ独楽序品

ワレイマ法悦ノカギリヲ受ク、苦シミハ人間ヲ耀(カガヤ)カシム、空ヲ仰ゲバ魚天界ヲ飛ビ、山上ニ白金ノ耶蘇(ヤソ)豆ノ如シ。大海ノハテニ煙消エズ、地上ニ鳩白日交歓ノ礼ヲ成ス。林檎(リンゴ)ハジメテ音シ、木ハ常ニ流レテ真実一路ノ心ヲアヤマラズ。麗ラカナルカナ、十方法界。ワガ身ヲ周(メグ)ルハ摩羅(マラ)ヲ頭ニイタダク暹羅仏(シヤムブツ)、麦酒樽ヲコロガズ落日光ノ男。桶ノ中ニ光リツメタル天ノ不二、海上遥カニ光リ匍ヒユク赤子、或ハ又、大千世界ノ春ノ暮、空モ轟ニ耀キ墜ツル天魔ノ姿。善哉、帰命頂礼(キミヨウチヨウライ)、今コソワレハワガ手ノ独楽ヲ天ニササゲム、白金ノ独楽ヨ、光リ耀ケ、カガヤカニ、光リ澄メカシ、言モナク、光リ澄メカシ、音モナク。稽首再拝。
   大正三年十一月下院
                               著者識

十方法界(じっぽうほうかい)=あらゆる世界。
摩羅(まら)=悟りの妨げとなる煩悩(ぼんのう)。
暹羅仏(しゃむぶつ)=タイ王国の仏。
帰命頂礼(きみょうちょうらい)=「帰命」は仏の教えを深く信じ、身命を投げ出して帰依し従う厚い信心のこと。「頂礼」は頭を地につけてする礼。
……などの仏教語が現われること自体、
白秋の境地の変化を示すものでしょうか。

ワレイマ法悦ノカギリヲ受ク、苦シミハ人間ヲ耀(カガヤ)カシム
――というのは
いったんは牢獄に落ち、晴れて解放されて後の
海に囲まれた三浦三崎での新生活の充実ぶりを明かしているものでしょう。

今コソワレハワガ手ノ独楽ヲ天ニササゲム
=今こそわれはわが手の独楽(こま)を天に捧げむ
――と詩集「白金ノ独楽」の意図は述べられました。

ここには危機脱出の歓びと
何ものかへの感謝の気持ちが込められてあるようでもあります。

「白金ノ独楽」も短唱です。
三日三晩で書き上げた99篇は
すべてがカタカナ詩になりました。

詩集題と同じ、その一つ。

白金ノ独楽

感涙ナガレ 身ハ仏、
独楽ハ廻レリ、指尖ニ。

カガヤク指ハ天ヲ指シ、
極マル独楽ハ目ニ見エズ。

円転、無念無想界、
白金ノ独楽音モ澄ミワタル。

飾りは削ぎ落とされて
耀かしい世界がまっすぐに表出されます。

密教のたどりつく即身仏の法悦境を、白秋は、この瞬間確かにかいま覗たかと想像される
――と「ここ過ぎて」(新潮社、昭和59年発行)で瀬戸内晴美(現・寂聴)はこの詩に短い読みをほどこしています。

もう一つ。

他ト我

二人デ居タレドマダ淋シ、
一人ニナツタラナホ淋シ、
シンジツ二人ハ遣瀬ナシ、
シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。

一度は死を考えたこともあるらしい。

恋は成就(じょうじゅ)したにもかかわらず
淋しく遣瀬ないと歌われます。

ほかに単行詩集にならなかった「畑の祭」と「第二白金ノ独楽」があります。
こちらは短唱ではありません。

「第二白金ノ独楽」からも一つ。

河童

麗(うら)らかな麗らかな、
何ともかともいへぬ麗らかな、
実に実に麗らかな、
瑠璃晴天の日のくれに。
河童がぽつんと立つた、との。

麗らかな漣は漣に、
照り光り、照り光り、いつまでも照り光り、
まだまんまるい月も出ず、暮れもやらず。

悩ましい、何ともかともいへぬ麗らかな、
瑠璃色ぞらの夕あかり、
大河のあちらこちらを漕ぐ舟の
ろかいの音もうつらうつらと消えもやらず。

河童がぽつんと、ただひとり。
はつと思へば、またひとり、
岸にひらりと手をかけて、つららつららと
躍りあがつた河童の子。

頭のお皿も青白く、
真実、れいろう、素つ裸。
こゑも立てねば音もせず。

河童はそつとうなづきあひ、
葦のそよ風に、
身をふるはし、
よりよちと歩きかねては、また眼をこすり、
もつれあひ、角力とり、まろびあひ、
倒れては起き、起きてはころび、
声も立てねば、音もなく、
れいろうとしてはてしもあらず。

麗らかな、麗らかな、
何ともかともいへぬうららかな、
瑠璃晴天の空あひに、
うかび出て、消えもやらぬ河童のお皿、
すすり泣けども人知らず。

麗らかな、麗らかな。
漣の漣の、照り光り、照り光り、
暮れもあへねば、月も出ず。

いつまでもあそぶ河童の子。
つららつららと河童の子。

(以上、神西清編「北原白秋詩集」新潮文庫、昭和48年4月30日 39刷より。)

童謡が芽生えたようです。

今回はここまで。

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