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2014年8月27日 (水)

乃木坂倶楽部・「氷島」メモ3/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

 

「氷島」第3番は「乃木坂倶楽部」です。
この詩は朔太郎晩年に朔太郎自身が朗読した肉声が保存されていて
それが国立国会図書館のサービス「近代デジタルライブラリー」で聞けますので
まずそれを聞いてみてください。

 

「乃木坂倶楽部」と「火」は「氷島」に所収、
「沼沢地方」は「青猫(以後)」に所収の詩です。

 

 

乃木坂倶楽部

十二月また来れり。
なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み
荒漠たる洋室の中
壁に寝台(べっと)を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや
すでに人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢えたるかな。
我れは何物をも喪失せず
また一切を失い尽せり。
いかなれば追わるる如く
歳暮の忙がしき街を憂い迷いて
昼もなお酒場の椅子に酔わむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く
情緒もまた久しき過去に消え去るべし。

十二月また来れり
なんぞこの冬の寒きや。
訪うものは扉(どあ)を叩(の)っくし
われの懶惰を見て憐れみ去れども
石炭もなく暖炉もなく
白亜の荒漠たる洋室の中
我れひとり寝台(べっと)に醒めて
白昼(ひる)もなお熊の如くに眠れるなり。

 

青空文庫「氷島 萩原朔太郎」より。新かな・新漢字に改めました。ブログ編者。)

 

 

詩を声を通じて聞けるなんて
あたかも詩の中に入り込むような経験ですね。

 

しかもその詩を自作した朔太郎の肉声で聞けるなんて!

 

草野心平が中也の「サーカス」を録音しなかったことを悔やんでいるのが
思い出されてしまいます。

 

 

「乃木坂倶楽部」には
やや長めの「小解」があります。
全文を読みましょう。

 

 

乃木坂倶楽部 乃木坂倶楽部は麻布一連隊の附近、坂を登る崖上にあり。我れ非情の妻と別れてより、二児を家郷の母に托し、暫くこのアパートメントに寓す。連日荒妄し、懶惰最も極めたり。白昼(ひる)はベットに寝ねて寒さに悲しみ、夜は遅く起きて徘徊す。稀れに訪う人あれども応えず、扉(どあ)に固く鍵を閉せり。我が知れる悲しき職業の女等、ひそかに我が孤寠を憫む如く、時に来りて部屋を掃除し、漸く衣類を整頓せり。一日辻潤来り、わが生活の荒蕪を見て唖然とせしが、忽ち顧みて大に笑い、共に酒を汲んで長嘆す。

 

 

昭和4年、朔太郎は妻・稲子と離別し二人の子を引き取りましたが、
この子らを前橋に住む母親に預けるために一時帰郷。
まもなく単身上京して住んだのが
赤坂区檜町の乃木坂倶楽部という名のアパートでした。

 

荒妄、懶惰極めたという独身生活のなかで生まれた詩が幾つかあり
これもその一つです。

 

 

ダダイスト辻潤が訪れて
朔太郎の生活の猛者(もさ)ぶりにいったんは唖然とするのですが
瞬時に親しみを覚えて大笑い
二人は酒を酌み交わしては長いため息をついたとわざわざ記す日もありました。

 

詩にこの訪問そのものは歌われていませんが。

 

訪ねてきた者の多くはドアをノックし
詩人の荒妄し懶惰な生活を見て憐れみ去ってしまいます
――と「小解」が記した実際の生活がそのままであるかはわかりません。

 

 

石炭も暖炉もない洋室の中で
わたしはひとりベッドに醒めて夜を過ごし
白昼には熊のように眠るのだ
――と詩は歌うのですが、

 

我れひとり寝台(べっと)に醒めて
――には、
遊び呆(ほお)けていたばかりではない詩人の生活がしのばれます。

 

夜の時間の大部分は
詩作に費やされたのでしょう。

 

真昼に熊のように眠る詩人は
真夜中を眠らない創作者であったのです。

 

「小解」に
夜は遅く起きて徘徊す。
――とあるように
毎夜が作詩の時間でなかったとしても。

 

 

思惟はそこにありました。

 

すでに人生の虚妄に疲れ
今も家畜のように飢え

 

何物をも喪失せず
また一切を失い尽した

 

――と振り返らざるをえない時間がそこにありました。

 

 

今回はここまで。

 

 

 

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058中原中也の同時代/萩原朔太郎「氷島」論を読む」カテゴリの記事

コメント

テレ朝で平日のお昼(徹子の部屋の後)に放送されていたドラマ「トットちゃん」にも乃木坂倶楽部が登場しています。
黒柳徹子さんのご両親(守綱さん、朝さん)は結婚前ここに住んでいたようです

情報をありがとうございます。

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