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2014年8月25日 (月)

漂泊者の歌・「氷島」メモ1/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

 

「氷島」には25篇の詩が収められています。

 

それを大きく二つに分けることができるかどうか。
作者=詩人が一つにまとめた詩の集まりを
わざわざ分解して分析する意味はないのかもしれませんが
ここではなんの取っ掛かりもないので
便宜的に分類するということにします。

 

その印にしたのは
詩に歌われた場所です。

 

一つは東京での景物を扱ったグループ、
もう一つが生地・前橋を歌ったグループです。

 

繰り返しますが
あくまでも便宜的な分類です。

 

 

……とここまで書いてきて
「詩篇小解」に「恋愛詩4篇」とあるのを知り
やや尻込みしてしまいますが
詩人が「恋愛詩」と呼ぶ
「遊園地(るなぱーく)にて」
「殺せかし! 殺せかし!」
「地下鉄道(さぶうぇい)にて」
「昨日にまさる恋しさの」
――の4篇は「トポス(場所)」を選びませんから
この際気にしないことにします。

 

別に一括(ひとくく)りして読めばよいことにしましょう。

 

あえていえば、
「殺せかし! 殺せかし!」は
トポス(場所)を示す詩語はなく
「遊園地(るなぱーく)にて」
「地下鉄道(さぶうぇい)にて」
――は東京グループ
「昨日にまさる恋しさの」
――は前橋グループといえるかもしれません。

 

 

東京から前橋へと
詩が歌う場所は変化するのですが
その底流にあるものは同じです。

 

どこにあろうと
詩人は氷(こおり)の島を行くさすらい人でした。

 

 

漂泊者の歌

日は断崖の上に登り
憂いは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
続ける鉄路の棚の背後(うしろ)に
一つの寂しき影は漂う。

ああ汝 漂泊者!
過去より来りて未来を過ぎ
久遠の郷愁を追い行くもの。
いかなれば蹌爾として
時計の如くに憂い歩むぞ。
石もて蛇を殺すごとく
一つの輪廻を断絶して
意志なき寂寥を踏み切れかし。

ああ 悪魔よりも孤独にして
汝は氷霜の冬に耐えたるかな!
かつて何物をも信ずることなく
汝の信ずるところに憤怒を知れり。
かつて欲情の否定を知らず
汝の欲情するものを弾劾せり。
いかなればまた愁い疲れて
やさしく抱かれ接吻(きす)する者の家に帰らん。
かつて何物をも汝は愛せず
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。

ああ汝 寂寥の人
悲しき落日の坂を登りて
意志なき断崖を漂泊(さまよ)い行けど
いずこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷は有らざるべし!

 

青空文庫「氷島 萩原朔太郎」より。新かな・新漢字に改めました。ブログ編者。)

 

 

冒頭詩「漂泊者の歌」は
そのさすらい(漂泊)を歌い
詩集序としています。(「詩篇小解」)

 

その第1連、

 

日は断崖の上に登り
憂いは陸橋の下を低く歩めり。
無限に遠き空の彼方
続ける鉄路の棚の背後(うしろ)に
一つの寂しき影は漂う。

――のここがどこであるか
「陸橋」や「鉄路」が東京のものか前橋のものか
きっとどちらでもよいことでしょう。

 

きっとどちらでもあります。

 

どちらにあっても
さすらい人から寂寥が去ることはないはずですし。

 

石もて蛇を殺すごとく
一つの輪廻を断絶して

 

――という、この意志なき寂寥を
詩人は踏み切らねばならなかったのですし。

 

 

「蹌爾(そうじ)として」は
「卒爾(そつじ)ながら」などと使われる「爾」(※断定をあらわす助詞)を
「蹌踉(そうろう)として」などと使われる「蹌」に連ねたもので
「ふらふらと彷徨(さまよ)う」様子を表わそうとしたものでしょう。

 

第1連に「漂う」とあり
最終連に「漂泊い」(さまよい)とあるのに通じています。

 

漢語の使用が多いといわれますが
難解にならないように詩人は配慮しています。

 

 

意志なき寂寥(第2連)
意志なき断崖(第4連)
――と二つ現われる「意志なき」をどう読むか。

 

「こんなはずではなかった」「自ら望んだわけではないのに」というニュアンスを
「意志なき」に読み取れなくはありませんが
寂寥や断崖に「意志」があるわけではないということなのでしょうか。

 

 

愛せざるべし。(第3連)
あらざるべし。(最終連)
有らざるべし!(同)
――のような平明な文語表現には
いっそう注意を要するところでしょう。

 

 

ここは、
愛さななかったであろう。
あらなかったであろう。(なかっただろう。)
有らなかったであろう!(なかったであろう!)
――と読んでおきます。

 

とすれば、

 

かつて何物をも汝は愛せず
何物もまたかつて汝を愛せざるべし。
――は
むかしは何ものをもお前は愛することができなかったし
何ものもまたむかしはお前を愛することができなかっただろう

 

いずこに家郷はあらざるべし。
汝の家郷は有らざるべし!
――は
どこにも家郷はなかっただろう。
お前に家郷はなかったのだ!
――と読むことになります。

 

「!」をつければ
「べし」は断定に変化します。

 

 

家郷はないのですが
氷の島だけが家郷であるかのように聞こえてきます。

 

 

今回はここまで。

 

 

 

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