「月」が歌った三角関係/面白い!中也の日本語
(前回からつづく)
「サロメ」を下敷きにしたのなら
「月」に登場する人物たちのキャスティングは
はっきりしてきます。
誰が誰でありと推測することが可能になります。
◇
まずは月に見立てられたのは詩人か否か。
月が詩人ならば
養父とは誰のことで
養父の疑惑とは何のことで
その疑惑に瞳を瞠(みは)っているのは誰でしょうか。
老男とは誰を指すのでしょう。
第1連に現われるキャラクターをおよそ見当をつけられます。
◇
月は詩人ではなく
ほかの誰かのメタファーである、という見方も当然出てきます。
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――の主語を月と取る見方も出てくるし
ほかの人物の存在を見ることもできるでしょう。
何種類もの配役が推測できることになりますが
それは断定できることでありませんから
あくまでも可能性です。
読み手それぞれの想像力に
委(ゆだ)ねられているものとしておくのがベストです。
読みを競うことは自由ですが
他人に強要するものではありません。
◇
月
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。
ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。
それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に
なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)
◇
と言いながら推測の一つもしないでは
詩を読んだことになりませんから
ここではある読みを試みておきましょう。
◇
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――という第1連冒頭行に主役級のキャラクターは登場しています。
月は中也その人です。
養父は月(=中也)のライバルである小林秀雄。
その小林の疑惑に目を丸くしている長谷川泰子
――という構図です。
後に小林秀雄自らが「奇怪な三角関係」と呼んだ
中也―泰子―小林秀雄の
この詩を制作した時期の状態が
「月」に歌われたのではないかという読みです。
◇
「山羊の歌」に現われる恋愛(詩)を追っていくと
恋愛(詩)が充満していることに気づきますが
「月」はその早い時期の作品ということになります。
いかがでしょうか?
◇
今回はここまで。
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