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2014年8月 1日 (金)

ワイルド「サロメ」の月/面白い!中也の日本語

(前回からつづく)

オスカー・ワイルドの「サロメ」については
すでに初めて「月」を読んだときに概略を記述してありますから
それを引っぱっておきましょう。

サロメ:ガリラヤ王ヘロデに捕らえられた預言者ヨハネを愛した王女サロメが、義父ヘロデを月の下で「七つのベールの舞」を踊ってたぶらかし、ヨハネの生首を手に入れ、その生首にキスするというあらすじの物語。新約聖書のわずかな記述から拡大解釈された。ヨーロッパで油絵やオペラの題材に好んで取り上げられた歴史があるが、1891年にフランス語で出版されたオスカー・ワイルドの戯曲は、オーブリー・ビアズリーの挿画の斬新さも手伝って、センセーションを巻き起こした。中原中也は、1927年(昭和2年)の日記の読書メモに「SaloméOscarWild」と記しているが、どの翻訳を読んだのか分かっていない。
(※初めて「月」を読んだときの鑑賞記は「中原中也・全詩アーカイブ」にあります。)

「山羊の歌」の「月」は
オスカー・ワイルドの「サロメ」を下敷にしていると推測する読みがあり
「新編中原中也全集」も参考文献の一つに挙げています。

「サロメ」では
月が劇の進行に象徴的な役割をもたされおり、

今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
――は、王女サロメと義父ヘロデの関係と類似し、

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
――は、裸足の王女サロメが7本の布帛(ふはく)を持ち
ヘロデ王の前で舞う「七つのベールの踊り」を想起させるものと案内しています。

難解に苦しんできた読者は
目を開かれる思いがしているのではないでしょうか。

「七つのベールの踊り」という場面は
すでに広く知られるほどの
欧米での「サロメ人気」なのでしょうし
日本でも
明治42年(1909年)に小林愛雄、森鴎外の翻訳がはじまって以降大正末期まで
多くの邦訳がなされ
舞台化されることが度々であったそうです。

「月」に登場する養父がヘロデ王で
その養父の疑惑に目を凝らしている者が養女サロメであるとする見方は
いかにもストンと胃袋の中に落ちていきますし、

「月」の中の「7人の天女」は
どうみても固有名のようであると感じていた読者が
納得する有力な読みの一つにするに違いありません。

中也は
昭和2年の日記の「7月の読書」欄に
「Salomé Oscar Wild」と記していて
すでに読んだか
関連文献を読んだかしていました。

では、なぜサロメの物語なのでしょうか?

ボードレールの詩や
ワイルドの戯曲が参照されたからといって
詩がただちに読まれたということにはなりませんから
最大の疑問が解けたものではありません。

「サロメ」のことを知っただけで
だいぶ楽にはなりましたが。

やはり詩に戻るしかありません。

途中ですが今回はここまで。


 
今宵(こよい)月はいよよ愁(かな)しく、
養父の疑惑に瞳を睜(みは)る。
秒刻(とき)は銀波を砂漠に流し
老男(ろうなん)の耳朶(じだ)は蛍光をともす。

ああ忘られた運河の岸堤
胸に残った戦車の地音(じおん)
銹(さ)びつく鑵(かん)の煙草とりいで
月は懶(ものう)く喫(す)っている。

それのめぐりを七人の天女(てんにょ)は
趾頭舞踊(しとうぶよう)しつづけているが、
汚辱(おじょく)に浸る月の心に

なんの慰愛(いあい)もあたえはしない。
遠(おち)にちらばる星と星よ!
おまえの劊手(そうしゅ)を月は待ってる

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変え、一部「ルビ」を加えました。編者。)

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