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2014年8月 8日 (金)

藤村のロマンチック詩

(前回からつづく)

初恋

まだあげ初(そ)めし前髪(まへがみ)の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅(うすくれなゐ)の秋の実(み)に
人こひ初(そ)めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃(さかづき)を
君が情(なさけ)に酌みしかな

林檎畑の樹(こ)の下(した)に
おのづからなる細道(ほそみち)は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

(岩波文庫「藤村詩抄」昭和48年6月20日 第51刷発行より。)

現代表記の「初恋」を次に掲出しておきます。

初恋

まだあげ初(そ)めし前髪(まえがみ)の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思いけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅(うすくれない)の秋の実(み)に
人こい初(そ)めしはじめなり

わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃(さかずき)を
君が情(なさけ)に酌みしかな

林檎畑の樹(こ)の下(した)に
おのずからなる細道(ほそみち)は
誰(た)が踏みそめしかたみぞと
問いたまうこそこいしけれ

島崎藤村の「初恋」は
明治29年(1896年)に刊行された第1詩集「若菜集」に収められています。

「あげ初めし」というのは
少女が成人になったしるしに
おかっぱの髪をやめて結い上げ
まだ日が経っていないことを示します。

林檎畑での逢引き(あいびき)がつづくある日に
大人になった少女が薄紅の林檎をくれた思い出を歌っています。

林檎畑につづく道は
二人が通いならして作った道で
少女は「誰がこんな道を作ったのでしょうね?」と呟いたか
私に問いかけたのか
答の自明な問いを問うたそのことが恋しいと歌う詩です。

思い出ではなく
現在進行中の恋と読むこともできるでしょう。

それだけといえば
それだけの詩ですが
形は異なるものであっても
誰もが経験するに違いのない初恋(の思い出)の
甘やかであり
すでに失われたか
遠いものになってしまったか
息の詰まるような(幸福の)時間をよみがえらせる力を持つ内容が
人々に広がっていきました。

「若菜集」には
このようなロマンチックな詩が鏤(ちりば)められてあり
今でも青春詩集としての輝きを放っていますが
同時にそれまで古い掟のなかに閉じ込められていた感情や感覚を解き放つ詩群が
新しい近代詩(史)を開拓したものとして高く評価されることになります。

中原中也は藤村について
手紙や未発表評論で少し触れていますが
詩作の上で強く意識するまでには至らなかったのは
藤村はすでに詩を離れ
小説作家の道をたどっていたからでもありましょう。

「夜明け前」を読売新聞紙上に連載しはじめたのは
1929年(昭和4年)4月からです。

中也たちが同人誌「白痴群」を創刊したのが
まさしくこの年の4月でした。

藤村は1872年(明治5年)生まれで
亡くなったのは1943年(昭和18年)ですから
中也の生きた時代と重なります。

同時代のオーソリティー(巨人)でしたから
「若菜集」あたりは目を通したことがあるかもしれません。

中也が「初恋」を知っていたかどうかわかりませんが
中也の未発表詩篇「初恋集」のつくりなどに
藤村の「初恋」のかすかな反響がないともいえません。

今回はここまで。

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