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2014年8月22日 (金)

憤激に満ちた故郷憧憬詩

(前回からつづく)

萩原朔太郎が「純情小曲集」の自序で書いたことは
二つあります。

一つは「愛憐詩篇」についてで
もう一つは「郷土望景詩」についてです。

「愛憐詩篇」については
やさしい純情にみちた過去の日を記念するために、この葉っぱのような詩集を出すことにした
――と書き、
この詩集を世に出すのは、改めてその鑑賞的評価を問うためではなく、まったく私自身への過去を追憶したいためである
――と重ねてこれらの詩篇はすでに過去の産物であることを強調しています。

ここに謙遜があったとしても
「郷土望景詩」との違いを打ち消すものではありません。

「郷土望景詩」に関しては、
私のながく住んでいる田舎の小都邑と、その付近の風物を咏じ、あわせて私自身の主観をうたひこんだ。

この詩風に文語体を試みたのは、いささか心に激するところがあって、語調の烈しきを欲したのと、一にはそれが、詠嘆的の純情詩であったからである。

ともあれこの詩篇の内容とスタイルとは、私にしては分離できない事情である。

――と「文語」を使った理由を記しますが
詩内容への掘り下げた自己評価へ発展することはなく
むしろ敢えてそれは避けられているように見受けられます。

そしてまた最後に、
この詩集は、詩集である以外に、私の過去の生活記念でもある故に、
――と過去のものであることが繰り返して述べられるのです。

ここで幾つか読んでみましょう。
「新かな・新漢字」にして読みやすくしたものです。

小出新道

ここに道路の新開せるは
直(ちょく)として市街に通ずるならん。
われこの新道の交路に立てど
さびしき四方(よも)の地平をきわめず
暗鬱なる日かな
天日家竝の軒に低くして
林の雜木まばらに伐られたり。
いかんぞ いかんぞ思惟をかえさん
われの叛きて行かざる道に
新しき樹木みな伐られたり。



新前橋駅

野に新しき停車場は建てられたり
便所の扉(とびら)風にふかれ
ペンキの匂い草いきれの中に強しや。
烈烈たる日かな
われこの停車場に来りて口の渇きにたえず
いずこに氷を喰(は)まむとして売る店を見ず
ぼうぼうたる麦の遠きに連なりながれたり。
いかなればわれの望めるものはあらざるか
憂愁の暦は酢え
心はげしき苦痛にたえずして旅に出でんとす。
ああこの古びたる鞄をさげてよろめけども
われは痩犬のごとくして憫れむ人もあらじや。
いま日は構外の野景に高く
農夫らの鋤に蒲公英の茎は刈られ倒されたり。
われひとり寂しき歩廊(ほーむ)の上に立てば
ああはるかなる所よりして
かの海のごとく轟ろき 感情の軋(きし)りつつ来るを知れり。



公園の椅子

人気なき公園の椅子にもたれて
われの思うことはきょうもまた烈しきなり。
いかなれば故郷(こきょう)のひとのわれに辛(つら)く
かなしきすももの核(たね)を噛まむとするぞ。
遠き越後の山に雪の光りて
麦もまたひとの怒りにふるえおののくか。
われを嘲けりわらう声は野山にみち
苦しみの叫びは心臓を破裂せり。
かくばかり
つれなきものへの執着をされ。
ああ生れたる故郷の土(つち)を踏み去れよ。
われは指にするどく研(と)げるナイフをもち
葉桜のころ
さびしき椅子に「復讐」の文字を刻みたり。

これが朔太郎のいう
「いささか心に激するところ」の
「語調の烈しき」
「詠嘆的の純情詩」です。

なんという激越な!
これほど憤激に満ちた故郷憧憬詩は
朔太郎のほかに類例を見つけることは困難です。

犀星の序にしても
「郷土望景詩」の激情(その現代性)に一言も触れていません。

「郷土望景詩」は
2014年現在という「時代の眼差し」で見れば(見ても)
「月に吠える」よりも優れた詩集であるかもしれないのにもかかわらず。

どうも朔太郎の評価は
好悪を含めて
真っ二つに割れる傾向があるようです。

「郷土望景詩」を評価する眼差しは
三好達治を待つほかになかったのでしょうか?

この詩集が世に現われた当時
とりわけ「郷土望景詩」を激賞した芥川龍之介のような読者は
ほかに現われなかったのでしょうか?

詩壇内部にいた詩人たちは
どのように「郷土望景詩」を受容(または拒否)したのでしょうか?

関心がそちらのほうへ傾くのを押さえることができませんが
ここでは三好達治の発言に耳を傾けておきましょう。

さて二つの主著「月に吠える」「青猫」の後に、後者の拾遺に引続く「郷土望景詩」11篇(「純情小曲集」後半、大正14年作)は、その簡潔直截なスタイルと現実的即事実的な取材において、従ってまたその情感のさし逼った具体性において、この詩人の従前の諸作から遥かに埒外に出た、篇什こそ乏しけれ一箇隔絶した詩風を別に鮮明にかかげたものであった。

この独立した一小頂点の標高は、あるいは前二著に卓(ぬき)んでていたかもしれない。しかしながらこの詩風の一時期は、極めて短小な時日の後に終息した。それはそういう性質のものであったから、それが当然でもあったが、その事自身への何か渇きのようなものをさえ持越させはしなかったであろうか。
(略)

(三好達治選「萩原朔太郎詩集」あとがきより。)

このあとがきが書かれたのは
昭和26年11月のことでした。

朔太郎没後10年になろうとしていた時期です。

朔太郎の生前、
詩集「氷島」(昭和9年発行)をめぐって
三好と朔太郎は真っ向から意見を異にしたことは有名です。

今回はここまで。

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