「氷島」を読み終えて・その5/「四季」に載せた「青い瞳」「除夜の鐘」
(前回からつづく)
中原中也の日記をパラパラとめくってみても
「四季」に関しての記述は
そう多くはありません。
最初に現われるのが
昭和10年(1935年)11月21日に
四季12月号読む。まあ此の雑誌はよい方なり。
――とあるものでしょうか。
この日の日記には
いろいろなことが断片的に書かれてあり
これはその一部で1行のものですから
見過ごしそうですが
実は結構大事な背景があります。
なぜそのことに触れられていないのかが
むしろ不思議です。
◇
この「四季12月号」に
中也は「在りし日の歌」に収録されて(現在になっては)有名な「青い瞳」を発表しているのです。
「青い瞳」がどのような詩であったか
思い出すためにも
ここでもう一度読んでおきましょう。
◇
青い瞳
1 夏の朝
かなしい心に夜(よ)が明けた、
うれしい心に夜が明けた、
いいや、これはどうしたというのだ?
さてもかなしい夜の明けだ!
青い瞳は動かなかった、
世界はまだみな眠っていた、
そうして『その時』は過ぎつつあった、
ああ、遐(とお)い遐いい話。
青い瞳は動かなかった、
――いまは動いているかもしれない……
青い瞳は動かなかった、
いたいたしくて美しかった!
私はいまは此処(ここ)にいる、黄色い灯影(ほかげ)に。
あれからどうなったのかしらない……
ああ、『あの時』はああして過ぎつつあった!
碧(あお)い、噴き出す蒸気のように。
2 冬の朝
それからそれがどうなったのか……
それは僕には分らなかった
とにかく朝霧罩(あさぎりこ)めた飛行場から
機影はもう永遠に消え去っていた。
あとには残酷な砂礫(されき)だの、雑草だの
頬(ほお)を裂(き)るような寒さが残った。
――こんな残酷な空寞(くうばく)たる朝にも猶(なお)
人は人に笑顔を以(もっ)て対さねばならないとは
なんとも情(なさけ)ないことに思われるのだったが
それなのに其処(そこ)でもまた
笑いを沢山湛(たた)えた者ほど
優越を感じているのであった。
陽(ひ)は霧(きり)に光り、草葉(くさは)の霜(しも)は解け、
遠くの民家に鶏(とり)は鳴いたが、
霧も光も霜も鶏も
みんな人々の心には沁(し)まず、
人々は家に帰って食卓についた。
(飛行場に残ったのは僕、
バットの空箱(から)を蹴(け)ってみる)
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変えました。編者。※「中原中也・全詩アーカイブ」に鑑賞記があります。)
◇
「四季」に初出した後に
「在りし日の歌」へ収録されたこの詩は
「在りし日の歌」という詩集の6番目に配置されているのですから
比較的重要な位置に置いたという意図があったとみてもよいでしょう。
◇
この日から間もなくの12月2日の日記に、
四季正月号へ原稿。歴程へ感想の原稿を追送。草野より電話にて、原稿足らぬ由、大急ぎの原稿。坊やの腹具合相変わらず。夜風ひどし。原稿にてあと何も出来ず、将棋。ランボオを少し訳す。
――とあります。
「四季正月号」とは
「四季」の昭和11年1月号のことで
この号には「除夜の鐘」が発表されています。
「除夜の鐘」も読みましょう。
◇
除夜の鐘
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫(ふる)わし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
それは寺院の森の霧(きら)った空……
そのあたりで鳴って、そしてそこから響いて来る。
それは寺院の森の霧った空……
その時子供は父母の膝下(ひざもと)で蕎麦(そば)を食うべ、
その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麦を食うべ。
その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だろう、どんな心持だろう、
その時銀座はいっぱいの人出、浅草もいっぱいの人出。
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千万年も、古びた夜の空気を顫わし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
(上掲書より。「新かな」に変えました。編者。※「中原中也・全詩アーカイブ」に鑑賞記があります。)
◇
そして12月19日には、
「文芸汎論」へ原稿発送。四季より同人になれと云って来る、諾と返事。フランス語。ランボオ。
――とあり
ここで「四季」同人への勧誘に「唯々諾々(いいだくだく)」の「諾」の字を使って
「いいですよ」と返事をしたことを記しました。
「OK、OK」というニュアンスです。
11月21日の日記に登場して
1か月も経過していません。
「四季」(関係者)との接触は
この間だけのことではないにしても
(日記に現われないさまざまな関係の結果だとしても)
中也の「四季」入りにはスムーズな感じが匂います。
◇
「歴程」(の草野心平)との距離が
さらに緊密であることも
この12月19日の日記は語っているようですが。
◇
今回はここまで。
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