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« 「氷島」を読み終えて・その6/「四季」へ中也詩論のデビュー | トップページ | 三好達治の「氷島」否定論について/文庫詩集解説の前代未聞 »

2014年10月 2日 (木)

「氷島」を読み終えて・その7/詩の発表は季刊「四季」から

(前回からつづく)

 

評論「近時詩壇寸感」が
どのような経緯で中原中也に要請されたのか
具体的な事実はつまびらかではありませんが
「山羊の歌」刊行を前後して
詩人の名が詩壇や文壇の内部へと浸透していった背景が想像されます。

 

「四季」
「文学界」
「歴程」
……などの雑誌・詩誌が相次いで創刊されたのもこの頃ですし
「文学界」は僚友というべき小林秀雄が編集者の位置にありましたし
「歴程」は昭和10年創刊ですがはじめから同人でもありましたし
「白痴群」の廃刊以後、
中也は「雌伏」(詩的履歴書)の時期をとうに脱け出し
雑誌・新聞などのメディアへも寄稿を怠りませんでした。

 

「紀元」
「半仙戯」
「鷭」
「日本歌人」
「改造」
……などへの発表は
長男・文也の死という悲劇が詩人を襲うまで続けられます。

 

 

「四季」への関わりは
「近時詩壇寸感」が昭和10年(1935年)2月号(1月20日発行)であり
自己の「日記」への書き込みが昭和10年11月21日でしたが
詩篇の発表で最も早いのは
昭和8年7月20日発行の季刊「四季」第2冊でした。

 

この年5月に創刊された季刊「四季」の第2号に
「少年時」
「帰郷」
「逝く夏の歌」
――の詩篇3作を発表しています。

 

この3作を読んでおきましょう。

 

 

少年時

 

黝(あおぐろ)い石に夏の日が照りつけ、
庭の地面が、朱色に睡(ねむ)っていた。

 

地平の果(はて)に蒸気が立って、
世の亡ぶ、兆(きざし)のようだった。

 

麦田(むぎた)には風が低く打ち、
おぼろで、灰色だった。

 

翔(と)びゆく雲の落とす影のように、
田の面(も)を過ぎる、昔の巨人の姿――

 

夏の日の午過(ひるす)ぎ時刻
誰彼(だれかれ)の午睡(ひるね)するとき、
私は野原を走って行った……

 

私は希望を唇に噛みつぶして
私はギロギロする目で諦(あきら)めていた……
噫(ああ)、生きていた、私は生きていた!

 

(※「中原中也・全詩アーカイブ」に鑑賞記があります。)

 

 

帰 郷
 
柱も庭も乾いている
今日は好(よ)い天気だ
    椽(えん)の下では蜘蛛(くも)の巣が
    心細そうに揺れている

 

山では枯木も息を吐(つ)く
ああ今日は好い天気だ
    路傍(みちばた)の草影が
    あどけない愁(かなし)みをする

 

これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
    心置(こころおき)なく泣かれよと
    年増婦(としま)の低い声もする

 

ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云(い)う

 

(※「中原中也・全詩アーカイブ」に鑑賞記があります。)

 

 

逝く夏の歌

 

並木の梢(こずえ)が深く息を吸って、
空は高く高く、それを見ていた。
日の照る砂地に落ちていた硝子(ガラス)を、
歩み来た旅人は周章(あわ)てて見付けた。

 

山の端(は)は、澄(す)んで澄んで、
金魚や娘の口の中を清くする。
飛んで来るあの飛行機には、
昨日私が昆虫の涙を塗っておいた。

 

風はリボンを空に送り、
私は嘗(かつ)て陥落(かんらく)した海のことを 
その浪(なみ)のことを語ろうと思う。

 

騎兵聯隊(きへいれんたい)や上肢(じょうし)の運動や、
下級官吏(かきゅうかんり)の赤靴(あかぐつ)のことや、
山沿(やまぞ)いの道を乗手(のりて)もなく行く
自転車のことを語ろうと思う。

 

(※「中原中也・全詩アーカイブ」に鑑賞記があります。)

 

(3作ともに「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変えました。編者。)

 

 

「四季」読者とりわけ内部に近くあった朔太郎(この時は同人制ではなかった)や
後に中也批判の急先鋒となる三好達治らは
これらの詩をどう読んだのでしょうか。

 

 

今回はここまで。

 

 

 

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