三好達治の「氷島」否定論について9/「感傷」という「詩の原理」
(前回からつづく)
三好達治が「新年」の詩行、
いかなれば虚無の時空に
新しき弁証の非有を知らんや。
――もまったく意味をなさないというのは
「虚無の時空」も「弁証の非有」もともに
由来もわからない哲学用語(と言っていませんが)とか何かで
さらにそれを「時空に非有を知らんや」と強引に作った(と言っていませんが)ことを指すでしょう。
そのことを「まったく意味をなしていない」と読んだ上で、
また「望景詩」を呼び出します。
◇
呼び出した「望景詩」は、
「新前橋駅」の、
われこの停車場に来りて口の渇きにたへず
いづこに氷を喰まむとして売る店を見ず
ばうばうたる麦の遠きに連なりながれたり。
いかなればわれの望めるものはあらざるか
憂愁の暦は酸え
心はげしき苦痛にたへずして旅に出でんとす。
――と、
「大渡橋」の、
ああ我れはもと卑陋なり。
往くものは荷物を積みて馬を曳き
このすべて寒き日の 平野の空は暮れんとす。
――という詩行。
◇
この二つの詩行を
「反復的に類似している」と読むのは
「新前橋駅」の「いかなれば」を指すのはすぐにわかりますが
「大渡橋」では「すべて寒き日」でしょうか
どこの部分を指すのか見つけられません。
詩行の全体(口ぶりとか)が
反復と三好には取れたのでしょう。
反復の例は「いかんぞ」だけでなく
ここにもあったのだから
ほかにもいくらでもありそうだ。
ということで
用例については「以下略」として打ち切られます。
そして結論部に入っていきます。
◇
反復的の個所では(反復は)
たいていは意象が悪くこんぐらがり(イメージが絡まり合い)、
あるいは過度に詩句は寸づまりの省略形に陥り(省略し過ぎて)、
その荒々しい語気の外情感(語気が放つ情感)は
一足飛びになる(飛躍が生じる)ために
理解困難になる。
強弩の末勢(強いものの勢い)というのとも少し違う
なにやら短気にせきこんで(気短かく咳をして)
斬り込みが熱心なだけ他に遺忘のあるような(突進する熱心さのために忘れ残したような)。
つまり、
階和を欠いている。
(調和がとれていない)
――と評定しました。
◇
調和がとれていない。
ハーモニーがない。
それだけのことを言うのに
一つひとつ対立物(概念)を据えて
それとの微妙な差異を否定した揚句に
調和していない、均整がとれていない、と
背理法(のようなこと)を駆使して
「氷島」の詩篇・詩行を読んだのです。
◇
こうして「失われた階和」は何であったか。
――とその理由を
「感傷」(=センチメント)に絞ります。
感傷(癖)こそは、
「詩の原理」の原理であった!
――というのが三好の結論でした。
◇
「氷島」発刊直後に
朔太郎が三好に送った手紙(三好の批判への返信)には、
「郷土望景詩」にまでに至る過去のいっさいの感傷癖をいとう(厭う)、
「氷島」は自己超克の渾身の努力であった
――という内容が朔太郎によって書かれてあり
それを読んだ当時はそれなりに筋が通っていたのが
「氷島」より20年前に書かれた「高橋元吉宛書簡集」を読んだ今、
新たな感想を三好は持ちます。
「自己超克の努力」というよりも
「感傷癖」に目が行くというのです。
「氷島」で朔太郎が嫌った感傷にです。
◇
「氷島」後30年
「氷島」前20年――。
あしかけ50年、半世紀の朔太郎の「道ゆき」をもう一度眺望してみると
「詩の原理」の原理は
「まっとうにあすこのあたりにあった」と
明示しないで「あすこのあたり」と
「詩の原理」の原理を
したがって「氷島」の制作原理をもが解き明かされました。
◇
最後の最後になって
「氷島」は「詩の原理」の中に氷解していくようなぼんやりとしたものがありますが
「氷島」発行直後の否定論は
それから30年を経ても揺るぎないことに変わりはありません。
◇
今回はここまで。
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