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2014年12月26日 (金)

茨木のり子の「哀しみ」続/「清冽」(後藤正治著)を読んで

(前回からつづく)

 

茨木のり子自身の書いたものでは

「詩のこころを読む」(岩波ジュニア新書)をよく開くくらいで

「わたしが一番きれいだったとき」や「自分の感受性くらい」など幾つかの詩を知っているものの

詩集の一つも読んでいないでこれを書いていることをまずはお断りして

「清冽」(後藤正治著)の感想ということで

もう少し茨木のり子の晩年の哀しみを

同書とともに追体験してみます。

 

 

前回引いた「最晩年」のほかに

「はたちが敗戦」というタイトルのエッセイがあって

これはのり子52歳の時の著作です。

 

1975年5月に夫・三浦安信を亡くし

6月に金子光晴の死に遭い

東京・東伏見の居宅で一人暮らしするようになって

3年が経過していました。

 

 

後藤正治のノンフィクションは

第8章「六月」(1960年の安保の年、国会包囲デモで樺美智子が死んだ日を意味する)

第9章「一億二心」(金子光晴の詩のタイトル。戦時「一億一心」体制へのアンチテーゼ)

第10章「歳月」(生前発表しなかった夫・三浦安信への思いを歌った作品集のタイトル)

第11章「ハングルへの旅」(韓国語の学習の軌跡をたどった著作のタイトル)

第12章「品格」(「夕鶴」の作者・木下順二が書いたエッセイのタイトルにちなむ)

――という章題で続く構成の中で

茨木のり子の晩年に照明をあてていきます。

 

骨格が時系列に沿いながらも

詩人が親しく交友した人々への取材を

著作や発言とともに組み立て

のり子という詩人の全体像を浮き彫りにします。

 

ノンフィクションという手法の

事実という断片を紡(つむ)いで

「物語」を抽出するその手さばきは立体的であり巧みであり

茨木のり子という詩人の呼吸する世界に

グイグイと読者を引きずりこんでいきます。

 

 

第12章「品格」の結び近くに

「はたちが敗戦」からは

次のように引用されます。

 

 

今まであまりにすんなりと来てしまった人生の罰か、現在たった一人になってしまって、「知命」と言われる年になって経済的にも心情的にも「女の自立」を試される羽目に立ち至っているのは、なんともいろいろと「おくて」なことなのであった。


そして皮肉にも、戦後あれほど論議されながら一向に腑に落ちなかった<自由>の意味が、やっと今、からだで解るようになった。なんということはない「寂寥だけが道づれ」の日々が自由ということだった。


この自由をなんとか使いこなしてゆきたいと思っている


 

後藤の引用は途中なのか

末尾に句点がない文になっていますが

のり子の52歳の抱負を記し

 

こう記してから二十数年、茨木は「寂寥」を道づれにしつつ、決して崩れることなく生き抜いた。

――というコメントが加えられています。

 

 

「女の自立」と自由と寂寥と――。

 

戦後の焼け野原(に立ったに違いない)で

20歳になろうとしていた一人の軍国少女が

思い描いていた自由そして自立のイメージは

夫の死後の30数年間に微動しなかったはずがなかったことが偲ばれます。

 

詩人に思いがけなくも「寂寥」が忍び込んできたのは

25年間ともに暮らしてきた夫の死がきっかけでした。

その1か月後の尊敬する先輩詩人の死でした。


寂寥が自立そして自由についてくるものであるとは

「はたち」には見えなかったものだったに違いありませんが

のり子はここでも健気(けなげ)であり

負けん気であり

足元から這いあがってくるようなその「寂寥」を受け止めようとしています。


寂寥といったところでそれは弱気の表れでありそうですが

まっすぐに受け止めようとしているところに

茨木のり子がいます。



「寂寥」を自由の道づれにしようと歌った女性の詩人は

これまでどれほど存在したでしょうか。

 

 

茨木のり子は2006年2月17日に亡くなりました。


この間ずっと、この寂寥とともにある自由を生きたことを思うとき

詩人の哀しみに少しだけ触れたような心持ちがします。

 

 

今回はこれまで。

 

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