三好達治の戦争詩について/「ことのねたつな」のたおやめぶり
(前回からつづく)
「ことのねたつな」に
「馬」は出てきません。
戦場の馬も
銃後の馬も
現われません。
◇
いとけなきなれがをゆびに
かいならすねはつたなけれ
そらにみつやまとことうた
ひとふしのしらべはさやけ
つまづきつとだえつするを
おいらくのちちはききつつ
いはれなきなみだをおぼゆ
かかるひのあさなあさなや
もののふはよものいくさを
たたかはすときとはいへど
そらにみつやまとのくにに
をとめらのことのねたつな
(岩波文庫「三好達治詩集」より。)
◇
「おんたまを故山に迎ふ」「列外馬」とともに
戦争を歌った詩として
岩波文庫「三好達治詩集」(桑原武夫、大槻鉄男編)が明示しているのが
この詩「ことのねたつな」です。
◇
「ことのねたつな」のどこに戦争が歌われているかといえば
もののふはよものいくさを(武士は四方の戦を)
たたかはすときとはいへど(戦わす時とは言えど)
――という詩行で理解できるのですが
歌われているのは前線の様子ではなく
琴の稽古にいそしむ乙女(おとめ)への励ましです。
◇
「おんたまを故山に迎ふ」と「列外馬」は
「艸千里」(昭和14年)に収められていますが
「ことのねたつな」は
「寒柝(かんたく)」(昭和18年)という戦争詩ばかりを集めた詩集にあり
同文庫は「寒柝」からこの詩1篇だけを採録しています。
◇
全行をひらがなにした意図がどこにあるのか。
目を凝らして単語の区切りを見分け
意味を受け取るという作業そのものに
集中と緊張を強いられ
詩世界へ没入すること自体にストレスを設けることによって
そのストレスを突破して詩世界へ入ることに異化作用を生じさせる狙いなのか。
ひらがなで示された言葉の意味を理解するのは
一種、クロスワードパズルを解くときのような
心地よさがあるといったら的外れでしょうか。
「ことのねたつな」は
「琴の音絶つな」です。
◇
たおやめぶりに加えて
きっかりとした五七調が流麗感を演出しています。
◇
では「寒柝」は
このような「たおやめぶり」ばかりの詩に満ちているかというと
そうではありません。
タイトルだけを
挙げてみましょう。
◇
賊風料峭
征戦五閲月
乾盃
日本の子供
われら銃後の少國民
梅林小歌
皇軍頌歌(一、讐ありき 二、ふる里は 三、萬里の外 四、この日暁、五、勝而不傲)
父母の野
無償の寶玉
軍艦旗
こぞのこの朝
軍神加藤建夫少将
霜晨
起て仏蘭西!
半宵に声あり
青き海見つ
寒柝
黄の翼緑の翼
櫻花繚乱
寒駅の昼
桃の花
老松讃
群雀
一握の砂
さくら
撃ちてし止まむ
某造船所に於て
十柱の神
至上の戦旗
草奔私唱(※短歌連作)
草奔私唱 又
あだ一歩近く来れり
いざゆかせ
葉月のあした
ことのねたつな
(筑摩書房「三好達治全集第2巻」より。)
◇
途中ですが
今回はここまで。
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