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2015年2月10日 (火)

茨木のり子の「ですます調」その8・戦後詩の出発

(前回からつづく)

 

読み終えてから

それが何を言いたかったかわからないということがない。

 

伝達しようとしていることが

すっきりくっきりはっきりしていて

そうだそうだと溜飲を下げてくれる文(や詩)が

茨木のり子の著作のほとんどです。

 

これは当たり前のようで

珍しいケースです。

 

 

代表作の「わたしが一番きれいだったとき」を読んでみましょう。

 

そのことを明確に理解することになるでしょう。

 

 

わたしが一番きれいだったとき


わたしが一番きれいだったとき

街々はがらがら崩れていって

とんでもないところから

青空なんかが見えたりした

 

わたしが一番きれいだったとき

まわりの人達が沢山死んだ

工場で 海で 名もない島で

わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

 

わたしが一番きれいだったとき

だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった

男たちは挙手の礼しか知らなくて

きれいな眼差だけを残し皆発っていった


わたしが一番きれいだったとき

わたしの頭はからっぽで

わたしの心はかたくなで

手足ばかりが栗色に光った


わたしが一番きれいだったとき

わたしの国は戦争で負けた

そんな馬鹿なことってあるものか

ブラウスの腕をまくり卑屈な街をのし歩いた


わたしが一番きれいだったとき

ラジオからはジャズが溢れた

禁煙を破ったときのようにくらくらしながら

わたしは異国の甘い音楽をむさぼった


わたしが一番きれいだったとき

わたしはとてもふしあわせ

わたしはとてもとんちんかん

わたしはめっぽうさびしかった


だから決めた できれば長生きすることに

年とってから凄く美しい絵を描いた

フランスのルオー爺さんのように

                   ね

 

(筑摩書房「茨木のり子集 言の葉Ⅰ」所収「見えない配達夫」より。)

  

 

まずはこの詩に難解な言葉はひとつもなく

何が歌われているかがすんなりと読み手の心の中に落ちてきて

あ、これは戦争中に青春にさしかかった女性が

戦争が終わって開放的気分になったときの気持ちを歌った詩であることを知るでしょう。

 

これからは自由におもいっきり青春を謳歌できるとみなぎる気持ちの中には

もはや残り少なくなった青春の時間を振り返る気持ちもあり

それが戦争のために奪われてしまったという怒りとか嘆きとかがあるのですが

怒りや嘆きにとどまっているだけではなく

気を取り直してこれからの時間を命を大切に生きよう

画家ルオーが長生きして爺さんになって数々の傑作を残したように

自分も豊かに創造的な暮らしをして行こうと励まし

同じような目にあった女性たちへエールを送る

――という詩であることを理解します。

 

 

戦争をさらっと批判している感じです。

 

青春を台無しにされてしまったのに

恨みつらみをを述べるというよりも(もちろん、それはあるのですが)

最後にはこれからの暮らしを豊かにして行こうと

未来に向ける眼差しが歌われるのです。

 

 

失われた青春に足を引きずられているよりも

それと決別し

新たな出発を宣言している。

 

それもせわしなく生き急ごうとするでもなく

ルオーの生涯のような。

 

悠々として創造活動にいそしむような。

 

 

ここには

一人の女性詩人の出発が

歌われているのです。

 

それは戦後詩の出発を告げる

形の一つでもありました。

 

 

「わたしが一番きれいだったとき」の初出は1957年2月「詩文芸」で

それが1958年発行の第2詩集「見えない配達夫」に収録されています。

 

戦後10年少しして発表されたということですから

この10年の間に詩の言葉は磨かれたということもあるのでしょう。

 

怒りや嘆きは

直截さを弱められているのかもしれませんが

それにしても詩はまっすぐな感じはっきりした感じ。


輪郭があざやかです。

 

 

このあたりのことは

1963年発行の「現代詩人全集 第10巻 戦後Ⅱ」(角川文庫)の解説で

鮎川信夫が「純然たる戦後派」として何人かの詩人をあげる中で

「詩的意識のうえに戦争の影響をあまり受けていない詩人」の一人として

まっさきに茨木のり子の名を入れていることと関係していることでしょう。

 


途中ですが

今回はここまで。

 

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