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2015年3月15日 (日)

現代詩の証言・金子光晴の「こがね虫」その11散文詩「窓飾の妖精」

(前回からつづく)

 

金子光晴が「東方趣味の抒情詩」と呼んだ詩の一群に吸引された形で

詩集「こがね虫」をめくってきました。

 

 

心の廃址は、あやしくも、ワーウィックの大饗宴をひらいた。

然し、夫は埃と熱の現実の饗宴ではなくて、余が心象に映る華やかな、幻燈に過ぎない。

余は、ただ空想(ものがたり)と、此世の「美観」との悲劇的な蒐集家(ラマッスール)であった。

(「自序」)

――と記されたブルッセル郊外での暮らしは

では、どのように歌われているのか。

 

すでに読んできた

「雲」

「三月」

「春」

「陶酔」

――などの詩にその反映はあるでしょうが

やや印象が薄い感じになったのは

「自序」の強い調子にあるのでしょうか。

 

そもそも詩の背景を

実証的な眼差しで探すことが

間違っているのでしょうか。

 

ようやく詩集の全容が見えはじめ

全詩の「地図」が見えて来たところに

このような疑問が生じてきても

その答えを学者の眼(まなこ)で探すこともないでしょう。

 

 

詩集は、2度、3度とめくるうちに

自然に親しみが湧いてくるものがあり

中の幾つかの詩篇には愛着というものさえ抱くことになり

中には一生忘れられない巡り合いになるということもあるのでしょうから

その親しみを大切にすればよいのではないでしょうか。

 

まずは1回目の探検です。

読み足りなかったり

読み間違えたりは幾つもあって致し方ありません。

 

 

「こがね虫」の末尾には散文詩5作が配置され

中にフランドル体験の反映が見られる詩篇があります。

 

その一つ「窓飾の妖精」を読んで

詩集「こがね虫」から離れることにします。

 

 

窓飾の妖精

        身体じゅう文身の悲哀。

        みじんな夜の雨は、青ざめた敷石に燐をとびちらせる。

        ああ、明るいショーウインドーからショーウインドーのノスタルジア

        時折街路樹はふるい落す、紅玉の滴、ヒスイの滴。

 

 黒張りのこうもり傘、鼈甲ぶちの眼鏡、レーンコート、破れた靴底の水びたしな足。諸君。その夜も、このうたのような私の傷心が、商店通りのてすりからてすりを、もたれかかるようにして歩いたものだ。

 ……そうだ。今夜は道ゆく人もまれで、窓飾のなかには、なにかの大饗宴がひらかれていたのだ。そして、もう、いまはみんな引上げて誰もいない。冷徹で、かなしい、がらんとした大広間、ガラスで囲まれたサロンの一隅に、ふと私は、一人の踊り子が、みんなから取りのこされて、泣き入っているのに気づいた。琥珀の裸の胴を折りまげ、うつ伏しているその姿が、天井、床、右左のガラス張りにうつり、うつった姿がまたうつっている。なぐさめ顔の身がるなゴム風船がふわりふわりとそのまわりをあるきながら、それも又、いくつにもなってうつっている。

 

 明るさを追究していったはての悲哀につきあたってしまったのか。華美の極の闇黒。哀楽のはての苦さ。……おどり子はすてられて嘆いているのではない。歓楽の終ったのをかなしんでいるのでもない。じぶんの生身の究極をいたんでいるのだ。哀婉ななま身のおまえ。窓飾の妖精(せい)。―― おまえは、それだ。私は、遂におまえをみたのだ。

 

 くらい夜更けの溝渠、並び倉庫にそうてのかえりみち、古風なくさり木の橋欄にうつろな靴音を反響させて、私はあゆむ。

 

 沈痛な、悲壮な、しかし、誰かに哀訴するような声で言った。

「僕は、とうとう、歓楽の核。哀愍への通路をみてしまった!」

 

(昭森社「金子光晴全集1」より。新かなに変えたほか、改行・1行空きを加えました。編者。)

 

 

「文身」は、入れ墨(いれずみ)のこと。

 

なぜこの詩にそれが出てくるのか。

それを考えるだけで

この詩に近づくことになりそうな言語意識が

この詩を貫いています。

 

文身を施(ほどこ)さないではいられない

人間の悲哀。

 

人間の悲哀が

文身の中にあるということ――。

 

 

2015年現在からほぼ100年前の1919年に

一人の日本の詩人が残した散文詩による証言の

これは一つです。

 

目撃した現実の写実でないことは明らかですが

それが根も葉もない空想でもないところに

1919年に作られたこの詩の意味はあります。

 

 

フランドルとおぼしき街のとあるサロンの

ガラス張りの飾り窓が

この詩の舞台です。

 

その大広間の一隅に

一人の踊り子は取り残されて泣き入っているのを

たまたま通りかかった傷心の「私」は気づきます。

 

天井と床と右左のガラス張りに

その踊り子の琥珀の裸身(胴)を折り曲げた姿が

映っているのです。

 

 

このような景色を詩人が

実際に目撃したのかどうかという方向で

この詩を読むことは自然の流れですが

そのように読む必要があるものではありません。

 

踊り子は「私」に見られている存在であるのは確かなことですが

いつしか見ている「私」は

「おまえ」である踊り子に乗り移ったかのような存在になります。

 

二重三重の鏡面に映し出された踊り子の姿を認めた時から

「私」はすでに踊り子との見境(みさかい)を無くし

「私」を見るように「おまえ」を見ますが……。

 

次の瞬間には

夜更けの暗黒の道を

うつろな靴音を立てて歩いてゆく悲哀の人です。

 

 

この詩が

シャルル・ボードレールだとか

ウェルハーレンだとかの影響下に作られたなんて

さしあたってどうでもよいことです。

 

このような詩が

1919年に作られていたという事実は

今や歴史の一コマになっています。

 

時局や時勢を超越しているようで

大きなスパンで見ると

時代を映し時代の証言となっているということです。

 

 

今回はここまで。

 

 

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