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2015年3月28日 (土)

茨木のり子「詩のこころを読む」を読む・谷川俊太郎の「かなしみ」その3

(前回からつづく)

 

茨木のり子が谷川俊太郎の「かなしみ」を読みながら援用するのが

同じ作者の第2詩集「六十二のソネット」中の「41」という作品。

 

茨木のり子が引用するのは

冒頭の2行ですが

ここでは「41」全行に目を通しましょう。

 

 

41

 

空の青さをみつめていると

私に帰るところがあるような気がする

だが雲を通ってきた明るさは

もはや空へは帰ってゆかない

 

陽は絶えず豪華に捨てている

夜になっても私達は拾うのに忙しい

人はすべていやしい生まれなので

樹のように豊かに休むことがない

 

窓があふれたものを切りとっている

私は宇宙以外の部屋を欲しない

そのため私は人と不和になる

 

去ることは空間や時間を傷つけることだ

そして痛みがむしろ私を責める

私が去ると私の健康が戻ってくるだろう


(角川文庫「現代詩人全集 第10巻 戦後Ⅱ」より。)

 

 

多くの詩人が

「空」へ特別な関心を寄せることに触れて

茨木のり子は谷川俊太郎もその例にもれず

自らの出生(生存)の探求へと向かい

「青い空」を幾つか歌っていることに注目しました。

 

その一つがこの詩。

 

冒頭の

空の青さを見つめていると

私に帰るところがあるような気がする

――がここに呼び出されます。

 

 

この2行が呼び出されのは

「かなしみ」の青い空との類縁を指摘するためにですが

「帰るところ」としての空というテーマともクロスして

「かなしみ」という詩が扱う生存(または死)は

「帰るところ」との類縁に気づくことを促しているようです。

 

 

生まれいずるところは

死して帰るところとおなじところなのである

――などと、身も蓋(ふた)もないようなことを

詩(谷川俊太郎)や茨木のり子が言っているものではありません。

 

 

茨木のり子が持ち出す

小さな子の引例は

ここでもあざやかです。

 

 

小さな子供が自分の家にいるのに「お家へ帰ろう、お家へ帰ろう」と、

じだんだふんで泣いたりすることがあって、おとなは笑いますが、

幼ければ幼いだけ、郷愁(ノスタルジー)と名づけられるこの思いは鮮烈なのかもしれません。

 

 

谷川俊太郎初期の詩の要素の一つに

「郷愁=ノスタルジー」を見い出し

そのことをさりげなく

幼い子供がわけもなく「帰ろう帰ろう」と泣いて聞き分けのないひとときの例を重ねます。

 

 

幼ければ幼いだけ、郷愁(ノスタルジー)と名づけられるこの思いは鮮烈――。

 

少年(青年)が見詰めている青空は

郷愁=ノスタルジーの鮮烈さで

激しく少年(青年)を突き動かしているようです。

 

 

「かなしみ」は谷川俊太郎10代の作品。

 

若い時でなければ書けないまじりっけなしの純粋さを湛(たた)えている

――と茨木は評しますが

この純粋さの由来が

あたかも「お家に帰ろう」と駄々をこねて泣く子供の

「存在の不安」と同質のものであるとでも言いたげで

そうは断言しないところがほがらかです。

 

 

「かなしみ」も「六十二のソネット」の「41」も

傾向として同じ流れの中の詩であり

すべてではないのはもちろんですが

第1詩集「二十億光年の孤独」も

第2詩集「六十二のソネット」も

重なったテーマを歌っている部分があることを

こうして知ることができます。

 

 

今回はここまで。

 

 

かなしみ

 

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに

何かとんでもないおとし物を

僕はしてきてしまったらしい

 

透明な過去の駅で

遺失物係の前に立ったら

僕は余計に悲しくなってしまった

 

 

 

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