茨木のり子「詩のこころを読む」を読む・石垣りん「その夜」その2
(前回からつづく)
「その夜」を読んだとき、ああお見舞いに行きたかったと、痛切におもいました。
――と、
茨木のり子は石垣りんの詩「その夜」を読んだ時のことを記しています。
これが第一声です。
◇
そう記した理由を、
貧しければ親族にも甘えかねた
さみしい心が解けてゆく
――という第2連を引いて、
ここがぐっときて、胸が痛くなりました。
――と茨木はつづけています。
◇
胸にぐっときたその後で
詩の作者をお見舞いしたかった、という気持ちを述べたのです。
「その夜」が作られたのは
詩人が回復してからのことでしたし
面識もなく病気入院中であることを知る由もなかったのですから
お見舞いする可能性はなかったこともつけ加えて
そう思ったことを一番にコメントしたのです。
◇
ある一つの詩を読んで
このように思えるのが
詩を読むことなのではないかと感心して
「詩のこころを読む」の世界にはまります。
「その夜」を読むヒントを
このようにして
茨木のり子は教えてくれるのですし
「その夜」という詩がグンと近づいてきます。
◇
このように思うことができれば
詩を読むことができたということにほかならず
それがそう容易ではないところに
詩がある、詩は存在すると思えてなりませんから
どのようにすればこのように思うことができるのか
感心するばかりです。
◇
のほほんと育ってしまった、うどの大木の私にも、まちがいなく入ってきた何かで、それまでにもたくさん読んできたはずなのに、これが石垣りんの詩との、最初の出逢いでした。
◇
茨木は、そう思ったいきさつについて
このようにコメントを続けます。
茨木にしても
詩と出逢うには時間が必要だったのです。
そして、詩との出逢いは
(偶然中の偶然であるような、必然中の必然であるような)
不思議な「えにし(縁)」によってもたらされるものであり
そのことは愛読書ができたり友人ができたりするのと同じようなものと述べるのです。
◇
ありきたりのようなことのようですが
なかなかこうズバリと「御縁=ごえん」という人はいません。
◇
好きになっちゃったり
思想的に共感しちゃったり
何かひっかかるものがあったり
面白いと思ったり
……
人はいつしか
ある詩(人)と出会うということがあるものですが
それを「縁=えにし」といい「ごえん」というところが
茨木のり子です。
◇
「その夜」についての茨木のり子の鑑賞はまだまだ続き
石垣りんの生涯を簡単に紹介する中で
また詩にもどって、
ああ疲れた
ほんとうに疲れた
――の2行を引いてのコメントは
これほど真芯(ましん)を捉えた読みを他に想像できないほどに決まっています。
そのことをほかの言葉で伝える(パラフレーズする)ことはできません。
◇
実に素直に、ふだん言うように投げ出されていて、かえってハッとさせられます。
一種の見栄(みえ)のせいでしょうか、
詩の中に「ああ疲れた ほんとうに疲れた」というような言葉が出てくることはめったになく、
破格といっていいほど大胆な使いかたです。
――と、やや長めに第2声を発します。
◇
このように読むには
「縁」と呼べるような不思議な「おつきあい」を
詩(人)との間に必要とすることでしょう。
1行を書くために
詩人が費やす膨大な時間と労力は
想像する以外に知りようがありません。
詩人はほかの詩人の苦闘について
想像を絶する想像をすることでしょう。
◇
小学生のころから詩作をはじめ
こつこつと作りつづけて
40代になって作った詩の一つが「その夜」ということです。
この頃、一斉に花を咲かせたように
詩人・石垣りんの詩は
もう一人の詩人に
ほれぼれするくらいの見事さでした。
――と言わせるのです。
◇
今回はここまで。
もう一度、じっくり「その夜」を
味わいましょう。
◇
その夜
女ひとり
働いて四十に近い声をきけば
私を横に寝かせて起こさない
重い病気が恋人のようだ。
どんなにうめこうと
心を痛めるしたしい人もここにはいない
三等病室のすみのベッドで
貧しければ親族にも甘えかねた
さみしい心が解けてゆく、
あしたは背骨を手術される
そのとき私はやさしく、病気に向かっていう
死んでもいいのよ
ねむれない夜の苦しみも
このさき生きてゆくそれにくらべたら
どうして大きいと言えよう
ああ疲れた
ほんとうに疲れた
シーツが
黙って差し出す白い手の中で
いたい、いたい、とたわむれている
にぎやかな夜は
まるで私ひとりの祝祭日だ。
――詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」
(「詩のこころを読む」からの孫引きです。編者。)
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