現代詩の証言・金子光晴の「こがね虫」その7「金亀子」
(前回からつづく)
「翡翠の家」の夢幻郷のような世界に分け入った後ですから
今度は詩集全体を俯瞰(ふかん)してみましょう。
少し頭を冷やすという意味もあり
ここで「こがね虫」の目次を眺めておきましょう。
◇
「こがね虫」
自序
<燈火の邦>
雲
三月
時は嘆く
翡翠の家
章句
<誘惑>
パラダイス
悪魔
春
誘惑
神話
幻術
陶酔
<金亀子>
二十五歳
金亀子
<風雅帖>
五月雨の巻
鴛鴦の巻
紅葉の巻
<拾遺二篇>
熊笹
鐘は鳴る
<散文詩>
羅紗売
窓飾の妖精
雪
墳墓
浴場
二十五歳の懶惰は金色に眠っている(吉田一穂)
詩集「黄金虫」の跋にかえて(佐藤惣之助)
<作品年表>
◇
「春」
「二十五歳」
「雲」
「三月」
「翡翠の家」
……という具合に
詩集の配列とは関係なく
気の赴くままに5篇を読んできました。
◇
これを詩集の配列順にざっと読み返してみるだけで、
白金の嶺(雲)
金襴てらし眩うわれらが意想(雲)
金晴の曙の空は(三月)
金色の若草に降りそそぐ(三月)
金紗の陽炎を投げあげる(三月)
黄金より浪費する刻々(三月)
美しい金鋲(三月)
金のこのみを採る日(翡翠の家)
金花虫(たまむし)の脣(翡翠の家)
金のかるたを弄んだ(翡翠の家)
咲乱れた金糸梅(翡翠の家)
黄金の空間を疾走してゆく(春)
金色に眠っている(二十五歳)
……などと、
「金」が万遍(まんべん)なく現れるのを
たやすく見つけることができます。
「金」は金という文字だけで表わされるものでないのですから
他にも「金」を見つけ出すことができるに違いありません。
◇
詩集「こがね虫」において
「金」の充満は偶然のものではないでしょう。
◇
そして「金」の権化(ごんげ)みたいな生き物が金亀子(こがね虫)です。
この生き物は章題にも取られて2篇の詩が収められ
詩集タイトルにもなるのですから
注目しないわけにいきません。
それを読みましょう。
◇
金亀子(こがねむし)
柳蔭暗く、煙咽鳴する頃、
黄丁字の花、幽かにこぼれ敷く頃、
新月(にいづき)、繊(ほそ)くのぼる頃、
常夜燈を廻る金亀子の如く
少年は、恋慕し、嘆く。
二
其夜、少年は秘符の如く、美しい巴旦杏(はたんきょう)の少女を胸にいだく。
少年の焔の頬は桜桃(ゆすらうめ)の如くうららかであった。
少年のはじらいの息は紅貝の如くかがようた。
おずおずと寄り添うおそれに慄えつつ
少年の悲しいまごころは、
花鰧(はなおこぜ)の如く危惧を夢みていた。
煩悩焦思の梢、梢を、
鶏冠菜(とさかのり)の如くかき乱れた。
少年は身も魂も破船の如くうちくだけた。
ああ、盲目の蘆薈(ろわい)や梵香にむせびつつ、
少年は嗤うべき見せ物であった。
(恋の風流こそ優しけれ
恋の堕獄こそ愛(めで)たけれ)
(昭森社「金子光晴全集1」より。新かなに変えたほか、適宜、ルビを削除し又は加えました。編者。)
◇
柳蔭暗く、煙咽鳴する頃、
――は、
リュウイン・クラク、エン・オエツスルコロでしょうか。
ヤナギカゲ・クラク、ケムリ・エンメイスルコロでしょうか。
意味は漢字によってなんとか理解できますが
発音がスムーズに出てきません。
◇
黄色の丁字(クローブ)の花が散り初めて
わずかに地面に落ちている頃。
新月が、か細い線を描いてのぼる頃。
これらの「時」が
時候(自然の時間)を指示するだけのものでないことには注意しなくてはなりません。
◇
金亀子が常夜燈をめぐる虫として現れるところに
メタファーの個性(ユニーク)があります。
ここでは太陽光を燦々と浴びる真昼の黄金虫なのではありません。
それは「恋」のメタファーです。
◇
そして、その恋の主人公である少年は
身も魂も
破船のごとくうちくだけるのです――。
◇
そして、少年のこの恋は
合唱隊(コーラス)に歌われて
幕が下りるのです。
風流風雅は恋の道
落ちた道こそ楽しけれ――。
◇
今回はここまで。
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