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2015年3月 6日 (金)

現代詩の証言・金子光晴の「こがね虫」その4「三月」

(前回からつづく)

 

1919年4月頃に着想し7月中頃に「時は嘆く」とともに完成したと

金子光晴自ら「作品年表」に記した「三月」は

「雲」につづいて

「こがね虫」第1章「燈火の邦」の2番目にあります。

 

 

三月

 

ああ、三月が近づいた。

 

金晴(きんばれ)の曙の空は、

紅色の樹林は夢見つつ唄う。

緑樹の季節が近づいた。

 

草叢に鈴蘭の揺れる日は近づいた。

空気が花々の膩紛(にふん)と没薬(もつやく)に咽(むせ)び、

五感を持つ者の歌い、且つ嘆く時は近づいた。

少年の物思いの日は近づいた。

 

ああ此身の記念の三月、美しい三月。

 

     二

 

 今日、紫の山々はうらうら霞み、

銀の雨は四阿(あずまや)のほとりの、金色の若草に降りそそぐ。

それは、はじめての恋のめざめの歔欷(すすりなき)か。

嬉しさに、悶えに惚々(こつこつ)と聴入り、

黒髪熱く少女らは悩乱する。

 

庭園はひそめきや狂おしい接吻の音にみちみちて、

青篠竹や山櫨(さんざし)の結い垣の間を、

春の雨は、六弦琴の如く歌い連れる。

 

遂にはそれも悔(くい)の、嗚咽(おえつ)の単律と変る。

 

     三

 

 ああ、三月が近づいた。

小川は萌黄(もえぎ)の初草に、金紗の陽炎を投げあげる。

野山はあてやかな衣装に引映え、

小村は檉柳(かわやなぎ)、小米桜に朧(おぼろ)めく。

 

海岸に沿う波浪は狂噪に労れ、薔薇色に眠り、

若者らが、渚に瞳を落し、

渺かに、散策し彷徨う頃は近づいた。

 

黄金より浪費する刻々は近づいた。

悲哀が、生涯の扉に、

美しい金鋲を打つ日は近づいた。

夜々の寝苦しい頃は近づいた。

 

摘草に、絵燈籠、花祭に、

一生只一度の、

奇しき馴染の日は近づいた。

 

此世の蠱惑(こわく)も、悲しみも、欣求(ごんぐ)も

なべてよきリトムの頃は近づいた、

 

ああ、恋の三月、偽謾(いつわり)の三月。

 

私らが書籍を机に伏せ、

何もかも忘れて酔う時は近づいた。

 

(昭森社「金子光晴全集1」より。新かなに変えたほか、適宜、ルビを削除し又は加えました。編者。)

 

 

すこし馴染んできたせいか

喉(のど)につかえるような二字熟語の類(たぐい)も

さして気にならなくなり

読み進めることができるようになってきます。

 

膩紛(にふん)と没薬(もつやく)は、植物の息吹きを表わす比喩でしょう。

「労れ」は「まぎれ」でしょうか。

「渺かに」は「はるかに」で、「雲」にも現れました。

「リトム」はリズムの意味のフランス語。

 

読み通してしまえば

さらりと詩の大意も自ずとつかめるようになります

 

 

そういえば

「雲」も「三月」も3節構成ということに気づきますし

次の「時は嘆く」も3節の詩ですから

同じころに作られて

同じようなモチーフの詩であることもわかってきて

さらに詩集に馴染んでくるのです。

 

 

近づいた――というルフランを追い

それらの主語を追えば

この詩の流れに乗ったようなもので

この詩の中に入り込み

この詩の世界の呼吸とシンクロすることができるでしょう。

 

近づいたのは

何だったのでしょうか。

 

 

第1節で近づいたのは、

 

三月

緑樹の季節

草叢に鈴蘭の揺れる日

五感を持つ者の歌い、且つ嘆く時

少年の物思いの日

 

第3節で近づいたのは、

 

三月

散策し彷徨う頃

浪費する刻々

悲哀

寝苦しい頃

奇しき馴染の日

なべてよきリトムの頃

何もかも忘れて酔う時

 

――と解体してしまえば味気ないものになりますが

最終行の「何もかも忘れて酔う時」には

ほかの何物にも負けない強い響きが漂(ただよ)います。

 

 

第2節は

第1節を受けると同時に弾(はじ)け

序破急の「破」を作り

第3節の「急」へなだれ込むようです。

 

 

今回はここまで。

 

 

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