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2015年3月 5日 (木)

現代詩の証言・金子光晴の「こがね虫」その3「雲」

(前回からつづく)

 

「こがね虫」には

冒頭に長めのまえがき(「自序」)があり

巻末には詩人・吉田一穂(いっすい)と作詞家・佐藤惣之助(そうのすけ)の跋(ばつ)があるほかに

ふたたび光晴の「作品年表」というあとがきがあります。

 

その「作品年表」には

「こがね虫」所収作品の制作年のあらましが

次のように述べられています。

 

 

余の製作月日の順序として「雲」は、1919年、5月、余がフランドル訪問の2ヶ月後位の製作である。「三月」は4月頃からの着想で、7月中頃に「時は嘆く」と同時に完成した。「翡翠の家」は、東方趣味で、後に「金亀子」の諸作へ発展した抒情詩の最初の試作である。夫は、7月下旬に完成した。

 

「悪魔」「パラダイス」等と、同時に、「章句」を書いた時期が可也長く、凡そ2、3ヶ月にわたった。そして、40許の章句が出来上ったが、帰郷後、散佚して、ここに載せた4、5の作を除いては特殊なものがない。

 

(※洋数字に変え、改行を加えてあります。編者。)

 

 

「こがね虫」が

金子光晴最初の外遊の所産であることはよく知られたことですが

その冒頭章「燈火の邦」の冒頭詩が「雲」です。

 

つまり、最初の外遊を歌った詩集の最初に置かれた詩です。

 

この冒頭に戻って

「雲」を読みましょう。

 

 

 

雲よ。

栄光ある蒼空の騎乗よ。

 

渺(はる)か、青銅の森の彼方を憾動し、

こころ、王侯の如く傲(おご)り、

国境と、白金(プラチナ)の嶺をわたる者よ。

 

お前の心情に栄えている閲歴を語れ。

放縦な胸の憂苦を語れ。

 

 

憂欝児よ、聞け。

 

それは、地上に春が紫の息をこめ、

微風が涼しい樹皮を車乗する頃

ああ、ようやく、思慕する魂が、寂寞の径(こみち)を散策し、嘆く頃、

 

萌芽がいろいろな笛を吹き鳴らす頃、

蕨(わらび)の白い路を、野兎らのおどる頃、

 

山峡を繞(めぐ)る鳶色の喬木林は燃え、

金襴(きんらん)てらし眩(まど)うわれらが意想と、精根は

乱れ燥(さわ)がない私自らをどんなに裕々とうつしつつ

無辺の山上湖をわたったか。

 

どんなに私らは賞揚し

どんなに私らは自負したか。

 

夕暮、

大火が紅焔(プロミネンス)のごとく、黒い寥林(りょうりん)のうしろを走る頃まで

私らの無言の爆発は、朱色のしずかな天空をどんなにかぎりもなく擾(さわ)がしたか。

 

どんなに選ばれた者だけが続いたろうか。

 

どんなに数多い哀楽を、夢を追ったことか。

 

 

しかし、

この世の薫匂(にお)やかなすべての約束は忘られ、

茅簷(ぼうえん)の花は、冷たい土にまろび落ちる。

 

森の部屋は燥がしくからっぽになった。

穂草は悲しみにまで届いてしまった。

 

いつしか、私らは疾走する風の手にとらわれ

紅雀は発狂し

荊棘(いばら)の、青空を翔(と)ぶ。

荒寂(あれさび)れた田野は

悲しい柩(ひつぎ)の列をならべる。

 

憂欝児よ。

その時私らは運命を知りつくした者のごとく失神する。

季節は只

悦楽のさだめに私を見送る。

 

(昭森社「金子光晴全集1」より。新かなに変えたほか、適宜、ルビを振りました。編者。)

 

 

耳慣れない難語、熟語がありますが

こだわらずに読み進みます。

雲は、栄光ある蒼空の騎乗、と呼びかけられるのです。

馬に見立てたのです。

そして、過去の輝かしい歴史と

胸に残る憂苦とを語るようにうながすのです。

 

 

ここに現れる自然が

フランドルのものであることを

知っていた方が知らない方よりよいと言えるでしょうか。

 

必ずしもそうではないにしても

やはりこの場合は

フランドルの森の反映を読むのが自然ということになりましょう。

 

 

中に出てくる「憂鬱児」は

詩人自身のことでしょう。

 

異邦にあって

詩人は物思う少年でした。

 

 

2は、栄光の閲歴を

3は、一転し、なにかただならぬ事態が起こったことを歌いますが

それは、

冷たい土にまろび落ち

さわがしくからっぽになり

悲しみにまで届き

……

悲しい柩の列

失神

……などと喩(ゆ)で示され

具体的には何が起きたのかが明かされませんが

何かが起きたことが歌われるのです。

 

 

季節が変わり

  「悦楽のさだめ」へと「私」を見送ったと

ここで

詩人が現われて

 閲歴(旅)のはじまりが告げられます。

 

 

今回はここまで。

 

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