現代詩の証言・金子光晴の「こがね虫」その8「鴛鴦の巻」
(前回からつづく)
「金亀子」の章の次には
「風雅帖」という章があり
「五月雨の巻」
「鴛鴦の巻」
「紅葉の巻」という3連作詩が配置されています。
中の「鴛鴦の巻」を読みましょう。
◇
「風雅帖」には序詞があり
この3作品のすべてにかかっていますから
まずそれを読みます。
「金亀子」末尾のコーラスと同じ位置で
詩本体を案内し進行役を果たす口ぶりのためにか( )でくくられたそれは
「お囃子(はやし)」のようでもありますが
詩人が案内するようでもあります。
(みめかたち麗かな者ばかり此世にあれ。
軽やかな管弦に、絲遊の一日を戯れてあれ。
悲も、痛も強からざれ。
例えば恋する身も、
花鳥絵草子の夢であれ。)
これらコーラスが
10字下げでパーレン( )にくくられ
章全体の序詞になっているのです。
◇
鴛鴦の巻
おお、陰惨な夜の雨は、
くらやみの水辺の朱欄の廻廊をこめて降りつづく。
花菖蒲の蔭の木橋に、
悽艶な嬢子と少年は今めぐりあう。
悔恨、嘆き、歔欷(きょき)が暗夜をこめ、
雪洞(ぼんぼり)の顔はうっとり照らしあう。
忽ちゆれる簪、振袖はそのまま鴛鴦の姿となり、
二つの花燈籠のように静に水面を滑りでる。
明い粉黛の眩(まど)わしに、
こまやかな霧雨はふりしぶき、
杜若のしげり重なるあいだを潜ってゆく。
瑯玕洞(ろうかんどう)の扉は次々に開け、
暗い鏡の間は、
いろどる炎をうけて驚倒する。
(昭森社「金子光晴全集1」より。新かなに変えたほか、適宜、ルビを削除し又は加えました。編者。)
◇
「鴛鴦(えんおう)」は「鴛鴦の契り」の故事で有名なオシドリ。
今では、仲のよい夫婦のシンボルになっています。
「歔欷(きょき)」はすすりなき。
すでに「三月」で使われているのを読みました。
「瑯玕洞」は、「瑯玕(ろうかん)」は「玉(ぎょく)に似た美しい石。また珠(たま)のような実の成る樹木の名、
また美しい緑色の竹の名」の意味を持ち、古代中国・山東省に地名が残る景勝地らしい。
◇
出典・題材が何にあるのか
明らかでありませんが
夜の「朱欄の廻廊」に雨が降りこめているのですから
この詩の背景にある「都雅(みやび)」は
わび・さびの日本美ではなく
東方=中国のものであることのようです。
◇
「悽艶な」嬢子と少年が
その場所で巡り合うのです。
男女が巡り合った初めから
悔恨、嘆き、歔欷(きょき)の中にあり
すでにいわくありげなのは
女性が「悽艶な」ところに由来するようですが
そのことは定かでありません。
男女はいつしか鴛鴦の姿と化し
花燈籠となって
杜若(かきつばた)の群生する水面を分け入って行くのです。
◇
今回はここまで。
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