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2015年4月20日 (月)

茨木のり子の「詩のこころを読む」を読む・金子光晴「寂しさの歌」その7

(前回からつづく)

 

「寂しさの歌」「四」へ入ります。

(茨木のり子の読みから離れています。編者。)

 

 

遂にこの寂しい精神のうぶすなたちが、戦争をもってきたんだ。

――と、いま行われている戦争がはじまったわけ(理由)が冒頭行で歌われます。

 

 

寂しい精神のうぶすな。

 

 

うぶすなは「産土」と書き

正規には「産土神(うぶすながみ)」です。

 

人にはみな生まれた土地の守護神があり

生まれる前から死んだ後まで

その神=産土神(うぶすながみ)に守られるという神道の信仰が

民草(たみくさ)の暮らしに根付いているというのが

この国のありふれた姿です。

 

日本固有の慣わしなのでしょうか。

農耕社会特有の習いなのでしょうか。

淵源は原始宗教とかシャーマニズムとかアニミズムとかに遡(さかのぼ)ることができるのでしょうか。

 

産土信仰は

現在でも農村の暮らしの中に息づいています。

 

 

ここで金子光晴が言っている「うぶすな」は

もっと広い意味をもっているようです。

 

「寂しさを美と感じる土壌」――という意味ほどに受け取ってよいもののようです。

 

日本人の美意識の根っこにあるもの。

 

今行っているこの戦争へと

人々を突き動かしていった寂しさの精神(土壌)を延々と歌ってきた詩は

ここでズバリと「寂しい精神のうぶすな(産土)たち」と正体を明かしたのです。

 

 

戦争をもってきたのは

君たちじゃない。

僕でもない。

 

みんな寂しさのせいなんだ。

うぶすなのせいなんだ。

 

 

銃をかつがせ

寂しさの「釣り出し」にあって

旗がはためいている方へ

母や妻(家族)を捨ててまでして出発した。

 

錺(かざり)職人も

洗濯屋も

手代(商人)たちも

学生も

……

みんな風にそよぐ葦(あし)になっちゃった。

 

 

誰彼の別なく

死ねばよいと教えられたのだ。

 

ちんぴらで、小心で、好人物である人々はみな

「天皇」の名を持ち出されると

目先が真っ暗になって

腕白小僧のように喜び勇んで出て行った(出征した)。

 

 

だが。

 

土地に残った者たちはびくびくし

明日は自分に白羽の矢が向けられるかもしれないと

懐疑と不安に襲われるのを無理やり考えまいとし

どっちにしろ助からない命、せめて今日1日でもと

近くにいる人と振るまい酒して酔い過ごそうとする。

 

エゴイズムと愛情の浅さ。 

沈黙し我慢し、乞食のように生きている。

 

配給の食糧を列を作って待つのは女たち。

 

 

日に日に悲しげになってゆく人々の表情から

国を傾ける民族の運命の

これほどまでに差し迫った深い悲しみを

僕は生まれてこの方見たことはなかった。

 

しかし、もう、どうでもいい。

そんな寂しさなんか

今の今、何でもない。

 

 

僕が。

 

僕が今、本当に寂しがっている寂しさは――。

 

 

この国の零落、民草の暮らしの荒廃の方向とは反対に

一人踏み止まって

寂しさの根っ子を“がっき”と突き止めようとして

まともな世界と一緒に歩いていこうとする一人の意欲ある人がいない。

僕の近辺に一人もまともな意欲(ある人)を見つけられないことだ。

 

そのことだ。

そのことだけなのだ。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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