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2015年4月29日 (水)

金子光晴「落下傘」の時代・「短章三篇」その2

(前回からつづく)

 

死んだ兵士が

野ざらしになって虚空を見上げている

――という景色が酷似(こくじ)しているからといって

金子光晴がランボーの詩を真似たかというと 

そんなことはこれっぽっちも言えたことではありません。

 

誰しもが

一笑に付して終わりとなる話でしょう。

 

 

第一、

金子光晴の詩の兵士は、

その眼は、鷹にひきずりだされて、窩になった。

――であるし、

ランボーの兵士は、

病気の子供のような笑顔さえうかべて、一眠りしているんだよ。

――ですから、

見え方がまったく違っています。

 

金子光晴の兵士は、

一ケ月もまえからおなじ姿勢で、おなじ場所にじっとしているのだ。

――という事実を詩人は知っていて

それを記録する眼差しさえあるのに

ランボーのは、

燦々と降る陽光の下で眠っていて

今にも起き出してくるような死体として描写されるのですから。

 

 

しかし、戦場の風景を

ランボーも金子光晴も

実際に肉眼で目撃したという経験を詩に作ったのですし

野ざらしの兵士のイメージ(像)は

どちらも実際に見たその戦場のシーンの形象化であることも間違いではありません。

 

 

金子光晴の歌った死者は

象徴詩法をぶっちぎる勢いで

記録的ですらあります。

 

ランボーの「谷間に眠るもの」も

そのように読んでも一向におかしくはなく

幻想と見まごうばかりですが

これもリアルな世界なのです。

 

 

「短章三篇」の「C八達嶺にて」は

「一千人の中国兵」からの狙撃の危険性がある中を

詩人である金子光晴・森三千代の夫妻が視察した事実を

そのまま記録しただけのような詩ですが

詩とした以上は

単に記録ではないということも銘記すべき詩ということになります。

 

それは読めばわかることです。

 

 

燉台(のろしだい)に火はあがらない。

蒼鷹一羽。

 

城壁のすみっこに兵が一人、膝を抱いたまま、死んでいる。

 

 

たとえば任意に抜き出したこれらの詩行は

詩そのものです。

 

 

詩人が心の眼で見たもののうち

最も強く刻まれた景色を

これらの詩行は書き留めています。

 

遠景から近景へ。

 

眼に迫ってくるものは

死んだ兵士――。

 

兵士の眼窩がアップされ

その眼窩が見上げる碧空――。

 

そして近景から遠景へ。

 

鷹が一羽飛んでいた空は

ふたたび歌われて

詩人の思惟へと結ばれます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

中原中也の「谷間の睡眠者」を

読んでおきましょう。

 


 

谷間の睡眠者

 

これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草(おぐさ)にひっかけ、
其処に陽は、矜(ほこ)りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。

 

若い兵卒、口を開(あ)き、頭は露(む)き出し
頸は露けき草に埋まり、
眠ってる、草ン中に倒れているんだ雲(そら)の下(もと)、
蒼ざめて。陽光(ひかり)はそそぐ緑の寝床に。

 

両足を、水仙菖(すいせんあやめ)に突っ込んで、眠ってる、微笑んで、
病児の如く微笑んで、夢に入ってる。
自然よ、彼をあっためろ、彼は寒い!

 

いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光(ひかり)の中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血の孔(あな)が、右脇腹に開(あ)いている。

 

(中原中也訳「ランボオ詩集」岩波文庫より。「現代かな」に改めました。編者。)

 

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