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2015年4月24日 (金)

金子光晴「落下傘」の時代・「短章三篇」その1

(前回からつづく)

 

茨木のり子の「詩のこころを読む」に戻るところですが

ここでまた「落下傘」という詩集を繙(ひもと)いてみたくなりました。

 

回り道になりますが

急がば回れです。

 

 

パラパラめくっていると

詩集のちょうど真ん中ほどに

「短章三篇」という詩があり

そのうち「A北京」には「1936・12」、

「C八達嶺にて」には「1937年」という日付があるのに目を奪われたからであります。

 

1937年(昭和12年)は

7月に盧溝橋事件があり

日中戦争がはじめられた年ですが

中原中也が死んだ年でもあります。


中也が生存中に

「落下傘」は書きはじめられたというところに

否応もなく引きつけられてしまいます。

 

 

「落下傘」末尾にある「跋」に、

 

この詩集は、日本と中国の戦争が始まってから、終戦10日ほど前までに書かれた詩のうち、比較的前期の作をあつめたもの。すべて発表の目的をもって書かれ、殆んど、半分近くは、困難な情勢の下に危険を冒して発表した。(以下略)

 

――などとあるのは

詩集が発行された昭和23年(1948年)に書かれたものです。

 

 

詩集「落下傘」のうちで

最も制作年の古いのが「短章三篇」であるかどうか。

 

断定しがたいものがありますが

作品の末尾に制作年が明示された作品だけを見れば

「短章三篇」が最古のものになります。

 

どのような詩でしょう、

まず読んでみましょう。

 

順序が逆になりますが

まず「C八達嶺にて」を読みます。

 

 

C八達嶺にて

 

1937年正月元旦正午森とともに、八達嶺にのぼる。山蔭に一千人程の中国兵がいて折々射ってくるという話をききつつ。

 

燉台(のろしだい)に火はあがらない。

蒼鷹一羽。

 

城壁のすみっこに兵が一人、膝を抱いたまま、死んでいる。一ケ月もまえからおなじ姿勢で、おなじ場所にじっとしているのだ。その眼は、鷹にひきずりだされて、窩になった。だが、その窩がみつめている。空の碧瑠璃。狂風に吹かれる蕩尽。世界の金銀財貨のくずれこむ叫喚。生命も、歴史も、神も、やがては地球みずからもころがりこんでゆくその闇黒を。

 

(中央公論社版「金子光晴全集」第二巻より。「現代かな」に改めました。編者。)

 

 

森は、妻・三千代のことです。


「八達嶺」は万里の長城のどこかでしょうか?

 

 

場所が実際どこにあるか

その事実に目を向けようとすると同時に

「あっ、ランボーだ」と

とんでもない方向に想像の翅(はね)が広がりそうになる作品です。

 

とんでもないかどうか

ここでランボーのその詩「谷間に眠るもの」を呼び出してみましょう。

 

金子光晴本人の訳があります。

 

 

谷間に眠るもの

 

 立ちはだかる山の肩から陽(ひ)がさし込めば、

ここ、青葉のしげりにしげる窪地(くぼち)の、一すじの唄う小流れは、

狂おしく、銀のかげろうを、あたりの草にからませて、

狭い谷間は、光で沸き立ちかえる。

 

 年若い一人の兵隊が、ぽかんと口をひらき、なにも冠(かぶ)らず、

青々と、涼しそうな水菜(みずな)のなかに、頸窩(ぼんのくぼ)をひたして眠っている。

ゆく雲のした、草のうえ、

光ふりそそぐ緑の褥(しとね)に蒼(あお)ざめ、横たわり、

 

 二つの足は、水仙菖蒲(すいせんしょうぶ)のなかにつっこみ、

病気の子供のような笑顔さえうかべて、一眠りしているんだよ。

やさしい自然よ。やつは寒いんだから、あっためてやっておくれ。

 

 いろんないい匂いが風にはこばれてきても、鼻の穴はそよぎもしない。

静止した胸のうえに手をのせて、安らかに眠っている彼の右横腹に、

まっ赤にひらいた銃弾の穴が、二つ。

 

(角川文庫「イリュミナシオン」金子光晴・訳より。)

 



途中ですが

今回はここまで。

 

 

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