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2015年5月19日 (火)

金子光晴「落下傘」の時代・「鷹」その1

(前回からつづく)

 

振り返れば

全22篇の詩を

「寂しさの歌」(22番)

「短章三篇」(11番)

「落下傘」(7番)

「風景」(5番)

「真珠湾」(2番)

「さくら」(18番)

――とアトランダムに拾って読んできました。

(※番号は詩集の配列順序で、読んだ順ではありません。)

 

なんの脈絡もないようですが

読んだ詩のイメージがすんなりと思い返せるのは

それぞれの詩が歌う風景が鮮烈だからでしょうか。

 

 

「――東京の廃墟に立って」を次に読むつもりでしたが

「鷹」の風景にも

触れてみたくなりました。

 

 

 

 

あのそらの奥の天国は

こわれちゃった!

 

あそこはいまいちめんに

青草がざわめいている。

 

あの青さは凍りついて

魚一尾棲めない。

ひっつったような湖面の光

 

芝居の小道具のように

どっかのすみへ忘られて

ほこりをかぶって

面やつれした

月や星。

 

その空のまんなかへ舞いあがる鷹!

義眼(いれめ)をした蒼鷹!

 

鉤(かぎ)なりの嘴につららをさげた

硝子のような

透明な大鷹!

 

もはや、あの天は、救いをもとめて

人がみあげる神座ではない。

 

あれは、重たいふた石だ。

磨ぎあげた

首斬刀(くびきりがたな)だ。

あれをみているといらいらする。

澄んでなんかいるものか。

酢のようにとごってるじゃないか。

 

あのむなしさを一ぱいにしてるのは鷂(はいたか)らの

死の飛翔だ。

羽ばたきの恐怖だ。

 

 

藻くずをかついで浮きつしずみつしている正覚坊のように、

地球よ。頭から血ぼろを浴びて、何度流転しなければならないのだ。

 

空の恐怖をみあげてくらす人々に、安堵はなく、まるで凍土帯にでも起伏するようだ。

なぜ人は鷹を放した。その日から人は天の高さを失い、じぶんの放した猛鳥の影に脅えて、さすらうのだ。

 

分別らしいものは誰ももっていない。泥まみれな奴らが、爆弾で穿(うが)たれた大穴のまわりにあつまり、

斬新なむごたらしさの到来をたのしんでいる。

 

血のにじんだ

剥がれ雲よ。

胃袋までもとりあげられて

呆然と

なすところをしらない人間よ。

怖れる馬鹿があるか。もともと、

おまえたちがはじめたことじゃないか。

ふるえるな。みっともない。

おまえたちが加擔して、

人の夫を、人の子を戦争に追いやったんじゃないか。

 

おまえたちの手で空へ放たれて

すでに戻ることのできないのを

気づかないもの。

いたいけなもの。

 

酸乳のように空をかきにごす

(のりす=ママ)だ!

隼(はやぶさ)だ!

 

                    昭和20・5月。特別攻撃隊のニュースをきいて憤懣やる方なく。

 

(中央公論社版「金子光晴全集」第2巻より。「新かな」に改め、適宜、ルビを加えました。編者。)

 

 

「一」に出てくる「とごってる」は

「にごってる」の誤植ではありません。

「濁(にご)る」「沈殿する」という意味の方言です。

 

末尾の鵟(のりす)とあるルビは

「のすり」の間違いらしい。

 

鷂(はいたか)と同じ猛禽類で、

日本ではトビについでふつうに見られるタカ。

 

 

冒頭、「こわれちゃった!」とあるのは

冷笑して落着いている感情というより

爆発的な気持ちを伝えるものでしょう。

 

憤懣は、それでも抑制されているか。

 

空が、

それまでの天国の空ではなくなってしまったのを

慨嘆(がいたん)しているのです。

 

 

いま空は、一面に青草がざわめいている。

――と青空に異変が起きていることから歌い出されるのですが

その青空はすぐに海に変わります。




青は凍りつき

魚一尾も生きられない。

湖面の光は引きつっている。

 

月や星も。

 

芝居の小道具のように

どっかの隅に忘れられて

埃(ほこり)をかぶって

面(おも)やつれしてしまった。

 

 

その空へ鷹!

義眼(いれめ)をした蒼鷹(あおたか)!

 

くちばしに氷柱(つらら)をさげた

硝子(ガラス)のような

透明な大鷹!

 

 

自爆攻撃がこの時行われたのか。

決死の突撃機が鷹に見立てられました。

 

 

空は、もはや、救いをもとめて

人がみあげる神座、天国ではない。

 

重たいふた石だ。

 

磨(と)ぎあげた

首斬刀(くびきりがたな)だ。

 

あれをみているといらいらする。

 

澄んでなんかいるものか。

酢のようにとごってるじゃないか。

 

 

空をむなしさで満たす。

死の飛翔。

鷹。

 

 

特攻機の飛ぶ空は

とごってる(=にごってる)のです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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