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2015年5月 7日 (木)

金子光晴「落下傘」の時代・「風景」その1

(前回からつづく)

 

「風景」は「落下傘」の二つ前に配置され

冒頭から5番目の詩です。

 

ここに歌われるのは戦場ではなく

巷間(こうかん)の日常風景です。

 

巷間といっても

金子光晴という詩人の眼を通したものですから

そこに現れるのは風俗ばかりではありません。

 

 

風景

 

 

おとこのこころの淋しいながめよ。

 

おんなのこころのなおうらぶれた眺望よ。

 

みるかぎり蕭索として、うす埃をかぶったそのあたり

弱日さす千本格子、

物干しのそとの鰯雲。

貧寒やすきま風。

人情の茶しぶ、

泪でじくじくな眼。

 

胸にたつ小骾(こぼね)のいたみ、おどおどと心いじけた女たち、

酔狂に女を殴る男たち。

あるいは身や家の外聞を怖れ

猜疑の目で女を監視するもの

――右も左も、そんなけしきばかり。

 

人の愛情は逃げ水のごとく

ゆきくれたかなしい雲、

うるみいろの曇天のしたの

いばらと萩の根にわけ入る。

 

 

すねに毛のない岩壁は訓を垂れる。――「無一物を尊べ。」

榾火(ほたび)でパチパチいいながら天来の声は語る。――「形骸をゆめゆめ信ずるな。」

 

月の肋(あばら)。

うち嘆く杪(こずえ・びょう)をかすめて、なお

諦観が

もののあわれがさまよう。

蘭や菊のにおう昔がたりを人は、千年もくり返す。

この国でもっとも新鮮なものは、武士道である。

 

掃墨。

苔寂びた庭。

紬織――高節の気風。

 

秘事秘伝、雲烟のなかの詩人たち。

はら芸をみせる政治家たち。

 

おもいいれ、七笑い、咳払い、しかめ顔。

さわり、繊細な小手先のからくり。

おに火のもえる水田と

ネオンサイン。

 

信淵とルッソー。

ぜげん、奉公人、乱波(らっぱ)、神憑り。

 

鴉のように巷にあふれる学生どもは、酒くせと、世わたりをならいおぼえ、

嫁入り前の娘らは、床花を活け、茶の湯の作法に日々をくらし。

 

(中央公論社版「金子光晴全集」第2巻より。「新かな・新漢字」に改め、一部、ルビを加えました。編者。)

 

 

一読して

難解語がやや多目の詩ですから

辞書を引かないと理解できないところがあるかもしれません。

 

単語の意味が不明でも

前後関係(文脈)からなんとか類推できる部分もあるので

めげずに読んでいきましょう。

 

 

難解語を多用したという意識が

詩人にあったものか

古今東西の風習風俗文化に造詣が深く

度重ねた海外経験や

多彩な交友関係のある詩人のことですから

難しい言葉を使っているという感覚はなかったのかもしれませんし。

 

戦時下であり

相当に危険な内容を扱い

相当に危険な主張を詩に込めているわけですから

官憲の目から逃れるために難語を敢えて使用したということも考えられます。

 

 

というよりよく読むと

一つも二つも前の時代に使われていた昔言葉の類が多く

難しさはそのあたりから来る場合が多いことに気づきます。

 

すでに見られなくなった風習・風物を

すでに使われなくなった言葉で表現すれば……

 

たとえば

「榾火(ほたび)」は「焚火(たきび)」に近いものではありましょうが

「榾=ホタもしくはホダ」を知る者は現代ではほとんどいなくなったと言っていでしょうから

「焚火」に替えて想像するしかないことになります。

 

金子光晴の詩の言葉使いには

このような昔語(むかしご)が実に多く現れます。

 

 

千本格子

茶しぶ

小骾(こぼね)

逃げ水

うるみいろ

 

月の肋(あばら)

杪(こずえ・びょう)

掃墨(はいずみ)

紬織(つむぎおり)

はら芸

七笑い

さわり

おに火のもえる水田

ぜげん

乱波(らっぱ)

神憑り

床花

 

 

ほかに、

単語の難しさ以上のものがある詩語として――。

 

もののあわれ

蘭や菊のにおう昔がたり

武士道

秘事秘伝、雲烟のなかの詩人たち

信淵とルッソー

 

 

警句などの引用――。

 

すねに毛のない岩壁は訓を垂れる。――「無一物を尊べ。」

榾火(ほたび)でパチパチいいながら天来の声は語る。――「形骸をゆめゆめ信ずるな。」

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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