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2015年5月13日 (水)

金子光晴「落下傘」の時代・「真珠湾」その2

(前回からつづく)

 

金子光晴は、

1929年(34歳)と1932年(37歳)にマレー周辺を放浪に似た旅をした詩人ですから

勘のようなものがあって

日本が真珠湾を攻めるということを予感していたのでしょうか。

 

太平洋戦争は

マレー作戦に続いて行われた南方作戦の早い時期の実践でしたから

ハワイ作戦がくっきりと見えていたのかもしれません。

 

 

南方放浪の中で

日本軍がハワイあたりを狙うであろうことを自然に感じていたということは

分かる気がしますが

それにしても「真珠湾」は奇跡のような詩です。

 

 

なんら戦争らしきものは明示されていません。

 

あっても

ことごとくが暗喩です。

 

 

くらやみのなかで草木までが咬みあう

 

いのちあるものも、ないものもみな、ぶざまに、虫けらのように匍出す

 

平安の海は均衡を失ってなだれ、

舟足はたゆたい、ゆく先が絶壁なしてきって落され、

舟もろともにいまにも落込むか

 

波のこげるにおい

 

鍋や皿のぶつかる音

 

……。

 

詩の後半部「二」のこれらの詩行が

ふとランボーの「酔いどれ船」を想起させるし

戦争のメタファーであることを思わせますが

断定もできません。

 

 

でも

詩集「落下傘」の冒頭2番目に配置されているのです。

 

冒頭詩は「あけがたの歌 序詩」ですから

詩集編集のための戦略的配置の意味があることを考えれば

「真珠湾」は1番詩とみなしてもよい詩なのです。

 

戦争以外の暗喩であろうはずがないのです。

 

 

白日夢のようなまばゆさの真芯が地獄と化す

――というような事件を

この詩に読んで大いに可能であると言わざるを得ません。

 

満ち溢れる光と歓喜のアポロンの島に

突如として訪れる「無意味」。

 

この「無意味」はしかし……。

 

私(僕)のこころの風景をゆきすぎる「無意味」であり

末行で

絶望に似た安堵

しらじらしさ

――と結ばれる果てしない寂寥感をともなうものでした。

 

後になって

詩人は真珠湾攻撃のニュースを聞いたときの様子を

回想記に記します。

 

 

自叙伝「詩人」は1956年に詩誌「ユリイカ」に書きはじめたものを

翌57年に単行発行した回想記ですが

中に真珠湾攻撃のことが当然ながら記録されているところがあります。

 

先に日本主義の研究にとりかかった頃のことを紹介し

宣長(のりなが)、篤胤(あつたね)、佐藤信淵(のぶひろ)などを読みはじめたと記された

その続きに書かれています。

 

 

其頃、不拡大方針をうたっていた戦争は、底なし沼に足をつっこんで、12月8日、ラジオは、真珠湾奇襲を報道した。僕の一家が、そのとき、吉祥寺1831番地の家へ移ってまもなくであった。母親も、子供も、ラジオの前で、名状できない深刻な表情をして黙っていた。

 

「馬鹿野郎だ!」

 

 噛んで吐き出すように僕が叫んだ。戦争が不利だという見通しをつけたからではなく、まだ、当分この戦争がつづくといううっとうしさからであった。どうにも持ってゆきどころがない腹立たしさなので、僕は布団をかぶってねてしまった。「混同秘策」がはじまったのだ。

 

丁度、その日、新劇に出ていた元左翼の女優さんだった女の人がとびこんできて、

「東条さん激励の会を私たちでつくっているのよ」

 と、いかにも同意を期待するように、興奮して語った。東条英機は、女たちの人気スターになっていたのだ。

 

僕は床のなかで、その話をききながら眼をとじた。国土といっしょにそのまま、漂流しているような孤独感――無人の寂寥に似たものを心が味わっていた。

(略)

 

(旺文社文庫「詩人」より。改行・行空きを加えてあります。編者。)

 

 

※「混同秘策」は佐藤信淵の著作です。

 

 

これは作品「真珠湾」への記述ではありません。

 

「真珠湾」が作られた動機を

この記述は何も語っていませんが

最後の行で述べられた「無人の寂寥」という孤独感は

「真珠湾」の「無意味」とまっすぐに繋がっているもののように思えてなりません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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