金子光晴「落下傘」の時代・「落下傘」その2
(前回からつづく)
「二」の終りの部分にある
「もののふの
たのみあるなかの
酒宴かな」
――は、有名な能の「羅生門」から採ったものらしく
酒呑童子(しゅてんどうじ)を退治した武将として知られる渡辺綱らが
主君の源頼光に招かれた酒宴を描写する導入の謡。
「もののふ」は、武士。
「たのみあるなか」は、頼みある仲。
互いに勇猛であることを誇りにしていた仲間が集まって
酒の宴を開いたものでした
――と、能のイントロで謡われる口上です。
◇
何故、戦国の武将が登場するのでしょう。
その酒宴を案内する能が呼ばれたのでしょう。
◇
言葉がなんでも通じ
顔色の底にある意味までがわかり合える
朋党。
お仲間。
もののあわれ(有情)という
日本美が通じる友だちが住む国こそ
祖国。
◇
もみ殻や魚の骨。
食べ物の残り。
ひもじくても微笑を絶やすまいという躾(しつけ)。
寒さのなかでも
きりりとしているものの景色。
◇
ほかに……。
洪水の中の電柱にも。
草葺きの家の廂にもかかる日の丸。
さくらしぐれ。
忠魂碑。
家々の庇は義理人情が建ち並ぶ。
盆栽。
置物の富士山。
◇
金子光晴がこの詩で呼び出す風物・習慣・景色は
とりとめもないようですが
みんな繋がっています。
空に浮かびながら
祖国の風景がいよいよ繋がってはっきりと見えるのです。
◇
じゅつなげには「術」「無げに」か。
昼顔の花のように、しおれ、もつれて、
青天にただよう。
落下傘=わたしの足の下にあるもの。
(「一」)
◇
ゆらりゆらり。
二つの足の裏をすりあわせるわたし。
(「三」)
落ちても落ちても
落ちるところがない――。
無間地獄(むげんじごく)でありませんように。
◇
「落下傘」はあきらかに「寂しさの歌」に繋がる詩で
詩集全体がこれに似たトーンを帯びていることが想像できますが
このような詩を書いた詩人は
いったいどのような時代(状況)を生きていたのだろうか
――という関心の赴くままに
自叙伝「詩人」を読んでいると
この頃を記したところにぶつかりました。
少し長い引用になりますが――。
◇
(略)
だが、その当時から、僕としては、どうしても腑に落ちないことが一つあった。内心はともかくとして、例え、表面のことだけとしても、昭和7、8年頃までの日本人のなかには、たくさんのインテリと称するものがいて、世界共通な人間的正義感を表にかざし、自由解放を口にしていたものが、いかに暴力的な軍の圧力下とは言え、あんなにみごとに旗いろを変えて、諾々として一つの方向に就いてながれ出したということは、十年近くも日本をはなれてかえってきた僕には、了解できないことであった。
明治の日本人が、わずか一銭の運賃値上に反対して、交番を焼打ちした血の気の多さが、今日、こんな無気力な、奴隷的な、なんの抵抗もできない民衆になりはてたということを、そんなにとり立てて不思議におもうのは、昭和のはじまりからの、特に発達してきた大機構の重圧のしたに、我々国民が全くスポイルされてきた経路を、不在のために僕が、いっしょに味わい、理解する機会をえられなかったからであったろう。
戦争がすすむに従って、知人、友人達の意見のうえに、国民教育の反応が如実にあらわれてくるのをみて、僕は呆然とした。丁度、外来思想が根のない借りもので、いまふたたび、小学校で教えられた昔の単純な考えにもどって、人々が、ふるさとにでもかえりついたようにほっとしている顔を眺めて、僕は、迷わざるをえなくなった。古い酋長達の後裔に対して、対等な気持しか持てない僕、尊厳の不当なおしつけに対して、憤りをこめた反発しかない僕は、精神的にこの島国に居どころがほとんどないわけだった。
そして、その頃までは、決して僕の方からゆずりたくない気持で、ごく自然に、戦争に反対し、戦争にまで追い込む政治機構に反対して、「鬼の児の唄」までの詩篇を書きつづけてきた僕は、一コスモポリタンの僕の考えよりもこの民族をうごかしているものが、もっともっと厳密で、底ふかい、国土とむすびついたものにちがいないということにやっと気が付きだした。
その頃から、僕は日本思想というものを勉強しようとおもい立った。
(略)
(旺文社文庫「詩人」より。改行を加えてあります。編者。)
◇
こうして、金子光晴の日本美への本格的な研究がはじめられたのです。
この記述の直後に真珠湾奇襲がありますから
1941年の頃のことです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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