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2015年5月 1日 (金)

金子光晴「落下傘」の時代・「短章三篇」その3

(前回からつづく)

 

「短章三篇」は

「A北京」、「B弾丸」、「C八達嶺にて」で構成される連作詩ですが

「C八達嶺にて」の「八達嶺」が

首都・北京郊外の万里の長城の一部であることを知っていれば

金子光晴一行が昭和12年(1937年)の元旦にこの地を訪れたことのイメージを

いっそう近しく感じ取ることができるでしょう。

 

「A北京」には「1936・12」とあるのですから

前年末に北京に入って

何日かした年明けの初日(はつひ)を

夫妻は万里の長城で見たことになります。

 

 

A 北京

 

ビラがはがされ、そのうえに又ビラがはられる。

古陶玩具の国民よ、ものうげにみあげるどの眼も、それをよもうとはしない。

うす陽のあたる土塀には疥癬。人の足には黴。

 

こまかい障子の桟のうしろには、くすぶった蝋燭皿。

                      1936・12 尚賢公寓村上氏を訪ねて

 

 

ビラがはがされ、また、ビラがはられる

――というのは日本軍と抗日のせめぎあいを意味しています。

 

古陶玩具の国民

――というのは有史5000年を秘めた民衆のことか。

 

はがされ・はられるビラを民は読んで読まぬ顔。

街中の土塀はダニに蝕(むしば)まれ、人の足も皮膚病に罹(かか)っている。

 

障子の向こうでくすぶっている蝋燭皿(ろうそくざら)。

 

人々の貧しい暮らしぶりを

詩人はまずは記録したのでしょう。

 

日中戦争がはじまったばかりの北京――。

 

 

金子光晴が1956年(62歳の時)に書きはじめ

翌1957年に単刊発行された自叙伝「詩人」の一節を

ここで読んでおきましょう。

 

 

(略)

戦争中の新聞雑誌の報道や論説は、いつでも眉唾ものときまっているが、他の言説が封鎖されていると、公正な判断をもっているつもりの所謂有識者階級も、つい、信ずべからざるものを信じこむような過誤を犯すことになる。人間はそれほど強いものではない。

 

実際に戦場の空気にふれ、この眼で見、この耳で直接きいてこなければ、新聞雑誌の割引の仕方もよみかたもわからなくなってくるのだ。そこで、僕は、この年の12月20幾日の押しつまった頃になって、森をつれて、北支に出発した。

 

渡航はなかなかむずかしかった。文士詩人ということは伏せ、むろん、報道員などの肩書はなく、洗粉会社の商業視察の許可をえて、神戸から、上海にわたった。

 

師走の北支の水は、汚れたシャーベットのようだ。天津、北京の寒さは、二重に毛糸の手袋を穿いても、そのすきまから錐で刺すように肌に透った。凄惨なものがわだかまり、それが戦線の方につづいていた。

 

現地から帰ってくる人間は、恐怖に憑かれ、人間の相貌を失うことで、弱い人間性を発揮していた。発狂一歩手前の兵士が、銃剣で良民を突刺すような事件も、頻発していた。

 

北支でその年を越し、戦争第2年目の正月を、八達嶺で過すつもりで、箱詰めの列車に便乗し、元日の朝、青龍駅に着いた。氷結した坂路を、長城までのぼりつくと、歩哨兵がいて、するどく誰何(すいか)した。軍以外の人間の立入るのをまだ許可されていないからだった。

 

烈風のなかに聳え、枯草の揺れるの海波のようだった。山襞に、まだ敗残兵がいて、壁から上に首を出した僕らが、標的になる可能性があるといって注意された。

(略)

 

 

戦争の中の日常。

日常の中の戦争。

 

戦争は、常に、戦闘シーンであるはずもなく

殺戮は日に日に結果として積み重ねられていく。

 

何百万という人間の死の山が

いつしかこうして築き上げられました。

 

詩人の眼に映った

戦場の外側(一部)――。

 

 

次に

詩人は戦場の中に入ります。

想像の翅に乗って。

 

 

B 弾丸

 

筒口をとび出すなり、弾丸は小鳩となる。鳩は平和の使者。

だから、敵、味方はない。誰でも神のみもとへ東道するのが役目。

弾丸殿すこしお神酒がすぎたかもしれない。口笛をふき、ちどり足の上々機嫌。それはいいが、ゆきずりに罪もない、荒地野菊の首をちぎり、クリークのかわいた泥に人さし指をつっこんだほどの穴をあけてはもぐりこみ、火のようにやけた鉄兜のまわりを辷り、あるときは、誰かの骨と肉のあいだの窮屈なかくれがをみつけて小首を抱いたまま一眠り。

 

 

アレチノギクの首をちぎり。

骨と肉のあいだのカクレガでヒトネムリ。

 

 

弾丸と化した詩人は

小鳩になり

神のみもとへ

敵も味方もなく

東道(トウドウ)=案内します。

 

死の充満するところですから

恐怖を紛らわせる役目をアルコールに頼んで。

 

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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