« 金子光晴「落下傘」の時代・「風景」その2 | トップページ | 金子光晴「落下傘」の時代・「真珠湾」その1 »

2015年5月10日 (日)

金子光晴「落下傘」の時代・「風景」その3

(前回からつづく)

 

底深く黒ずんだ曇天の下に生えている

いばらと萩。

その根。

 

いばらには棘(とげ)があり

萩は秋を代表する花であり

二つは対照的な存在でありながら

根っ子は同じ世界にあるもの。

 

その世界に分け入っていく

――のは、詩人その人なのか。

 

 

詩は

根っ子にあるものに到達しようとしているようですが

直截(ちょくさい)な表現にはなりません。

 

 

「二」は冒頭に

おそらく金子光晴が何らかの格言・警句をモデルにして(――「 」の部分)

みずから作った警句を詩行に置いたものでしょう。

 

「一」 末尾の象徴的表現を

さらに韜晦(とうかい)します。

 

 

訓を垂れる岩壁や天来の声は

権力とか支配者とか軍部とかを含意し

それらへの痛撃が込められているのでしょうか。

 

それとも

これから列挙しようとしている風景への案内なのでしょうか。

 

再び、列挙されるのは

この国の人間の風景です。

 

 

月の肋(あばら)は、月のうさぎの別の言い方でしょう。

 

月面のデコボコになお

もののあわれを見い出そうとするこの国の民草の感受性。

 

蘭や菊のにおいの漂う昔語りを

この国の人(文の道)は1000年来くり返している。

 

いつでもイキのいいのは武士道だったし

いまもそうである。

 

 

掃墨(はいずみ)。「掃き墨(はきずみ)」の音便形で「はいずみ」と読み、墨の一種。

苔庭の寂び。

紬織(つむぎおり)は高潔の気風。

 

秘事秘伝や雲烟(くも・かすみ)ばかりを歌う詩人たち。

腹芸(はらげい)に走る政治家たち。

 

 

これらの同列列挙は

詩人の自由自在、融通無碍(ゆずうむげ)の飛翔のようです。

 

詩人と政治家を並べたのは

ソクラテスを真似たのでしょうか。

 

 

思い入れ

七笑い。色々な笑い方をすること(人)か。

咳払い

しかめ顔。

 

さわり。聞き所か。義太夫や三味線の技(わざ)の一つでもあり、それを意図したのかも。

小手先の芸を生み出すからくり。

鬼火の燃える田んぼとネオンサイン。

 

信淵(のぶひろ)とルソー。

 

 

日本人の仕草、一挙手一投足、表情から

器用な小手先へ。

鬼火が見える田んぼはネオンサインの風景へと繋がっていきます。

 

そして

佐藤信淵(さとうのぶひろ)とジャンジャック・ルソーまでもが

引っ張り出され、

 

ぜげん(女衒)。人身売買の一種。女性を廓(くるわ)に売ることを商売としていた。

奉公人。丁稚(でっち)。

乱破(らっぱ)=素っ破(すっぱ)。忍びの者、盗人、うそつき等の意味がある。

神憑(がか)り。霊媒師みたいな職業か。

――までもが同じ土俵に乗るのです。

 

 

佐藤信淵は、江戸時代の思想家。

 

金子光晴は、日本主義の研究対象として

信淵を挙げていて

幾つかの著作を読んだことを記録しています。(「詩人」)

 

ルソーと共通するものを見たのでしょうか。

 

 

詩の最後には

酒と世渡りを覚えて街を闊歩する学生。

活け花と茶にいそしむ乙女。

 

 

例示のつもりが

次第に列挙となり

なかには象徴とされる風景もあるようです。

 

 

文化とか伝統とか。

もののあわれとかわびさびとか。

 

詩人の眼に見える風景の寂しさの先に

どかんと聳(そび)えているのは戦争でした。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

« 金子光晴「落下傘」の時代・「風景」その2 | トップページ | 金子光晴「落下傘」の時代・「真珠湾」その1 »

現代詩の証言者・金子光晴を読む」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 金子光晴「落下傘」の時代・「風景」その2 | トップページ | 金子光晴「落下傘」の時代・「真珠湾」その1 »

2020年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近の記事

カテゴリー

無料ブログはココログ