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2015年7月21日 (火)

茨木のり子の「詩のこころを読む」を読む/岸田衿子・「別れ」の流れ

(前回からつづく)

 

「詩のこころを読む」の最終章「別れ」は

石垣りんの「幻の花」

永瀬清子の「悲しめる友よ」

中原中也の「羊の歌」

岸田衿子の「アランブラ宮の壁の」

――の4作を読んで

エンディングとしています。

 

この流れが

絶妙の選択であることは

読んでみればわかることですが

その絶妙さをここで説明することは

不可能ではなくても

過剰であり無用なことでしょう。

 

 

石垣りんから永瀬清子へ

永瀬清子から中原中也へ

中原中也から岸田衿子へ。

 

「別れ」の章を

ほかの詩人の詩を選んで書くことができたはずなのに

この4人の詩で締めくくったのには

茨木のり子の「死」への思いが特別に込められた表れと見ることができるでしょう。

 

茨木のり子にしか書けない「別れ」がここに書かれたのでしょうし

茨木のり子だから書ける「別れ」が書かれたのでしょうし

茨木のり子ですら書くことが難しい「別れ」が書こうとされたのでしょう。

――というほどに未知の領域である死についての

一人の詩人の体重がかかっているような章です。

 

わかりやすく言えば

自ら経験することのできない死について

詩人は想像力を総動員して

この件(くだり)を書いたに違いないということです。

 

生と死に関する思いのすべて(死生観)が

そこに表われることになるでしょう。

 

 

「詩のこころを読む」を書いた1979年に

茨木のり子は52歳。

 

他界したのは2006年でした。

 

茨木のり子がどのような死を迎えたかを

すでに知っている読者は

「別れ」の章を読みながら

幾重にも重なる「死」へのイマジネーションを追体験します。

 

死後に発見され広く知られることになった遺書の言葉と

詩作品の言葉が

あたかもクロスするようなたくまれざる仕掛けに驚かされもします。

 

 

茨木のり子が2002年に発表した「行方不明の時間」を

ここで読んでみましょう。

 

この詩は

「茨木のり子集 言の葉」(筑摩書房)の刊行に合わせて

書き下ろされたものです。

 

 

行方不明の時間

 

人間には

行方不明の時間が必要です

なぜかはわからないけれど

そんなふうに囁(ささや)くものがあるのです

 

三十分であれ 一時間であれ

ポワンと一人

なにものからも離れて

うたたねにしろ

瞑想にしろ

不埒(ふらち)なことをいたすにしろ

 

遠野物語の寒戸(さむと)の婆のような

ながい不明は困るけれど

ふっと自分の存在を掻き消す時間は必要です

 

所在 所業 時間帯

日々アリバイを作るいわれもないのに

着信音が鳴れば

ただちに携帯を取る

道を歩いているときも

バスや電車の中でさえ

<すぐに戻れ>や<今 どこ?>に

答えるために

 

遭難のとき助かる率は高いだろうが

電池が切れていたり圏外であったりすれば

絶望はさらに深まるだろう

シャツ一枚 打ち振るよりも

 

私は家に居てさえ

ときどき行方不明になる

ベルが鳴っても出ない

電話が鳴っても出ない

今は居ないのです

 

目には見えないけれど

この世のいたる所に

透明な回転ドアが設置されている

無気味でもあり 素敵でもある 回転ドア

うっかり押したり

あるいは

不意に吸いこまれたり

一回転すれば あっという間に

あの世へとさまよい出る仕掛け

さすれば

もはや完全なる行方不明

残された一つの愉しみでもあって

その折は

あらゆる約束ごとも

すべては

チャラよ

 

(ちくま文庫「茨木のり子集 言の葉3」より。)

 

 

今という今、2015年現在。

 

茨木のり子との「別れ」を終えてしまった読者は

そのことをダブらせながら

「別れ」の章を読もうとしているのですし

この本を読み終えようとしています。

 

 

このようにして

茨木のり子の死と出会い

詩(生)と出会うことにもなるのです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。


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