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2015年7月15日 (水)

茨木のり子の「詩のこころを読む」を読む/岸田衿子・誕生の風景その2

(前回からつづく)

 

関口隆克が「北沢時代以後」に記した共同生活については

関口自身が開成学園の生徒や教職員、父兄を前に話した講演でも触れられています。

同校の階段教室で1974年に行われたその講演が

録音されてあるのが幸いにも発見され

最近になってデジタル化されCDに収められています。

 

「関口隆克が語り歌う中原中也」とタイトルされたこのCDは

中原中也の終生の友人であった安原喜弘の子息・安原喜秀さんの編集で

日の目をみることになりました。

 

 

中也が関口らの住まいに引っ越してきた日のことが

面白おかしく懐かしく口述されている中に

岸田国士が散歩するシーンが語られるのですが

この散歩には国士の夫人が現れます。

 

「北沢時代以後」には現れなかった

国士の夫人・秋子(名前を持ち出しているものではありません)が

散歩に同道していたことが語られているのです。

 

1928年の春に

岸田国士が新妻とともに散歩している!

 

そこのところだけを

CDから起こしてみましょう。

 

 

(略)

それから奇妙な同棲生活がはじまった。ひばりが鳴くころでね、菜の花雲雀(ひばり)。

そういうような時期です。

岸田国士さんが奥さんと散歩しながら、しきりにフランス語の戯曲を日本語に直すという仕事とか、新しい戯曲を書いたりしてた。

灰田勝彦が、変な、ハワイ帰りなもんだから、変なウクレレなんか鳴らしちゃって、歌っているころです。

(略)

 

 

岸田国士は1927年に結婚。

 

衿子の誕生は1929年1月5日ですから

前年の、菜の花雲雀の季節には

新妻のお腹の中に新しい命が宿っていたことになり

それが衿子であることは確実でしょう。

 

 

さて――。

 

家の主である関口を残して

激論の続きに出かけた詩人と音楽家の卵二人の散歩は

もう一つの二人の散歩と鉢合わせすることはなかったのか?

 

 

音楽の音がどのように生成されるか。

 

諸井がとうとうと自説を述べると

中也は「名辞以前」を持ち出して応じ

果てしない議論を続ける二人の視界に

新妻の手を引く国士の姿が入る

 

しかし二人とも

男女がだれであるかを知る由もない

 

自ら吐き出す言葉にそそのかされるように

また言葉を紡ぎ出しては

相手に投げかける

 

見えている、聞こえている、のは

菜の花と雲雀。

 

――というようなことだったかもしれませんし

「スルヤ」発表演奏会にむけた段取りを練っていたのかもしれません。

 

 

中原中也は

菜の花や雲雀を好んで歌っています。

 

この散歩で目にした風景は

やがて「在りし日の歌」にある「春と赤ン坊」や「雲雀」へと結ばれていった

――ということも根も葉もないことではありません。

 

二つの詩に出てくる菜の花、雲雀は

どこでも見られる春の田園風景ですから

北沢周辺の武蔵野風景であっても不思議ではなく

中也がこれらを制作した時に

かつて刻んだそのイメージが混入したというのも自然なことのはずです。

 

 

春と赤ン坊

 

菜の花畑で眠っているのは……

菜の花畑で吹かれているのは……

赤ン坊ではないでしょうか?

 

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です

ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です

菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど

 

走ってゆくのは、自転車々々々

向(むこ)うの道を、走ってゆくのは

薄桃色(うすももいろ)の、風を切って……

 

薄桃色の、風を切って

走ってゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)

――赤ン坊を畑に置いて

 

 

雲雀

 

ひねもす空で鳴りますは

ああ 電線だ、電線だ

ひねもす空で啼(な)きますは

ああ 雲の子だ、雲雀奴(ひばりめ)だ

 

碧(あーお)い 碧い空の中

ぐるぐるぐると 潜りこみ

ピーチクチクと啼きますは

ああ 雲の子だ、雲雀奴だ

 

歩いてゆくのは菜の花畑

地平の方へ、地平の方へ

歩いてゆくのはあの山この山

あーおい あーおい空の下

 

眠っているのは、菜の花畑に

菜の花畑に、眠っているのは

菜の花畑で風に吹かれて

眠っているのは赤ん坊だ? 

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。「新かな」に変えてあります。編者。)

 

 

岸田衿子・ゼロ歳の風景。

 

――といえばオーバーイメージになりますが

つながっているものは痕跡のようなものながら

感じられようものです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

 

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