茨木のり子の「詩のこころを読む」を読む/岸田衿子「お話」のメタファー
(前回からつづく)
「詩のこころを読む」の最終章である「別れ」の末尾に
茨木のり子が案内したのは
岸田衿子の「アランブラ宮の壁の」でしたが
この詩が「別れ」をどのように歌っているのか
ややわかりにくいところです。
同じ詩人の「忘れた秋」という詩を補助線として引いてみると
あぶり絵のように見えてくるものがあります。
それは「アランブラ宮の壁の」という詩が
死を歌った詩であるとともに
生きることへの讃歌と読める詩でもあるからです。
◇
「忘れた秋」が母の死を悼みながら
その死を受け入れる意味を持つのと同じようなことで
悲しみの言葉を刻むことが
鎮魂の役割を負うことになるのと似たようなものです。
◇
茨木のり子はそのような背景を踏まえて
「詩のこころを読む」の「別れ」の章を終えたのではないでしょうか。
ここに余韻は生じます。
それまで読んできたページを
もう一度パラパラとめくって
余韻を確かめようとします。
岸田衿子の詩を
もっと読んでみたくなります。
◇
お話
たしかに、むすめには、もう長い耳も、みじかい尻尾もありませんでした。
教会の中は、いつでもひっそりしていて、びわ色の日ざしが床や、縄張りの椅子にいろんなもようをえがいていました。
ここではよく、わたしはふしぎなめにであうのです。すときは初老のりすがざんげをしに来ていました。るりいろの羽のかけすの結婚式もみました。
牧師さんも、クワイヤーもいない、古いオルガンもなっていない……この日も、ひとりのむすめが、すわっているだけでした。
「わたしは、ここに、結婚式をあげにきたのです」むすめは、いうのでした。「このことは、まだラ・フォンテーヌさんにもしらせていません。わたしがひとりできたわけは」と、つづけるのでした。
「ひとりでこなければならなかったのには、事情があるのです。なぜなら、わたしをおよめにほしいといったのは、いっぽんの橡(とち)の木なのです」と、「彼は昔、霧の女と離婚してから、ずっと独身でした。わたしもいちど黒狐と同棲したことがあるのです」
それから、ちょっと溜息をついて、むすめは続けました。
「わたしは狐と別れてから、毎日湖のふちで魚とトランプばかりしてました。ある日トランプ占いをしていると、そろそろ身を固めよ、と出たのです。このとき一陣の凧(こがらし)がふいてきて、あっというまに、わたしは森の奥へはこばれていました。かたわらにりっぱな橡の木がそびえていて、ひくい声でわたしに話しかけたのです。この橡の紳士は、どうしてもわたしをおよめにほしいというのです。
ほんとに魅力的な枝ぶりと、心をとらえる声でした。この人にわたしはよばれたのです。
結婚するなら、この人だ、と、わたしはきめたのです。森のなかまは、みなよろこんでくれました。
耳のとおいわたしのお婆さんなどは、年ぱいの物わかりのいい橡の紳士ならば安心だといってくれました。
でも心配なことがあります。今まで木いちごやぐうすべりばかり好きだったわたしは、これから彼の好きなお料理を研究しなければなりません。あの人はいったいなにをたべるというのでしょう」
(集英社「日本の詩26 現代詩集(二)」より。)
◇
こんな散文詩(物語詩)はいかがでしょうか。
この詩は「風の絵本」という連作詩の一部です。
◇
岸田衿子には
動物も植物も人間も……
風も森も空も……
同じ世界に棲んでいる仲間であるようです。
人間の結婚が
こんなふうに自然界の出来事として歌われる詩の例を
あまり見かけることはできません。
これは絵本や童話やファンタジーの領域なのでしょうか。
◇
否!
ここにはメタファー(暗喩)の高度な達成を見ることができるのです。
ここでは、
結婚の歓びと同時に
結婚への恐れ(あるいは喪失)が歌われています。
色々なことを考えさせ
想像させる作品になっています。
それが楽しい。
岸田衿子の詩の
顕著な特徴です。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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