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2015年8月11日 (火)

茨木のり子の「詩のこころを読む」を読む/岸田衿子の「知恵の木の実」

(前回からつづく)

 

茨木のり子は岸田衿子の詩を読みながら

時折、詩の背後にある詩人の生活や人となりに触れます。

 

それはできる得る限りプライバシーを侵さないよう心配りされたもので

そのことによって

一般読者が詩人の実生活を思い描くのをむずかしくしているようですが

にもかかわらず的確で核心をはずすことはありません。

 

もともと世離れして暮らす詩人であるようなところがあるのですが

茨木のり子はたとえば

「くるあさごとに」という4行詩を読みつつ、

 

この作者は「くるわばくるえ」を地(じ)でいっていて、まったく自由に生きています。

約束の時間、つまり人間のとりきめた時刻にあんまり従いませんし、

待ちぼうけをくわされることもしばしば。

たまにきっかり会えると異変が起こるのでは……と思えるほどです。

 

一緒に旅をしてもゆったりしていて、指定券を買った列車に乗れそうになく、

きちょうめんな私は心の中で「スケジュール、狂わば狂え」と叫び、

野宿するつもりならあわてることはないのだと言いきかせていると、

あわや、というところで乗れたりするのでした。

――と紹介しています。

(「詩のこころを読む」中「生きるじたばた」より。改行を加えてあります。編者。)

 

これは「詩のこころを読む」の中に

初めて岸田衿子が登場するところですが、

2度目に出てくる「峠」では

「小学校の椅子」と

「一生同じ歌を 歌い続けるのは」の二つの詩を読みながら

次のように述べています。

 

 

本も新聞も読まない人ですが、

知恵の木の実は、自然の野山から、人との交流から、

ふんだんに採(と)っていて書斎派(しょさいは)とは無縁です。

 

子供を二人育てながら文筆で立っていますが、

男の子の友達の、お父さんなる人が行商(ぎょうしょう)をやっているのについていって、

道ばたでイカノスミトリ器やホーキーという掃除具を一緒に売りさばきながら岩手県をさすらっていたり、

かと思うと、スイスの片田舎でパイをたべていたりします。

 

 

こんなふうに書かれる詩人であるうえに

「アルプスの少女ハイジ」のオープニングテーマ曲「おしえて」や

エンディングテーマ曲「まっててごらん」だとか

「赤毛のアン」の「きこえるかしら」(オープニング)、「さめない夢」(エンディング)だとかの

超ポピュラーなテレビアニメの主題歌の作詞者として有名になったり

童話や絵本の作家としての活動を主戦場としていった経歴が

現代詩(成人向けの詩)の領域での存在感を弱くしているきらいがあるのは気になるところです。


が……。

 

 

知恵の木の実は、

自然の野山から、人との交流から、

ふんだんに採(と)っていて書斎派(しょさいは)とは無縁です。

――と茨木のり子が記しているところはさすがです。

 

詩人は、雲の上の人なのではありませんから。

 

 

中原中也の、二者択一を迫るような息苦しさに比べて

「アランブラ宮の壁の」の、迷うことが好きだというメッセージは

茨木のり子を楽にさせたもののようで

どこか吹っ切れた感じになります。

 

トンネルから脱け出したような解放感を帯びて

死について語る茨木のり子の口ぶりに

軽快さ(安心感)みたいなものが戻ります。

 

死について歌うことは

詩人のテーマの大きな一つと考えてきた茨木のり子は

「櫂」の同人であり親しい友人でもあった岸田衿子の詩が

この時、あらためて親しいものに見えたのに違いありません。

 

この親しみのなかで

「アランブラ宮の壁の」は登場するのです。


別れの詩、死と生の歌として。


 

長い闘病生活を克服した岸田衿子のような詩人ゆえに

死を見つめた時間も長かったであろうと――。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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