茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子」/「生徒と鳥」の「公園で」
(前回からつづく)
(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)
「白昼幻想」からそれほど遠くないであろう時に作られた
もう一つの「公園で」があります。
第3詩集「見えない地面の上で」中の詩と同題の
もう一つの「公園で」ですが
こちらは第1詩集「生徒と鳥」に収められてあり
1956年夏から翌57年2月のフランス旅行中に書かれたことを
詩人自ら記している詩です。
「抱かれている赤ん坊」
「風」
「パリ祭」
「昨日海から」
「冬」などと同じ時期に書かれたことを知っておくと
「生徒と鳥」を繙(ひもと)くときに役立つことでしょう。
同じ時期に
タイトル詩「生徒と鳥」などの一群の詩も書かれましたが
こちらが扱うのとはテーマが異なる系列の詩であることが述べられています。
(「三つの詩集のあとがき」)
もう一つの「公園で」を読みましょう。
◇
公園で
しのび足で、猫が人気ない公園の砂利の上を歩いている。かれは何かをねらっている。
しかしそこの地面には何もない。人の気配がする。猫は光る眼を上げる。鉄柵の向うから
見ていた男。四つの眼が合う。猫は出しかけた前肢をひっこめる。ちょっといらだった眼つ
きでねらっていたあたりの地面を眺めると、かれは向きをかえて走りだし、植込みのあいだ
を小走りにかけぬけて反対側の小道へ行く、また最初からはじめるために。
(思潮社「高良留美子詩集」所収「生徒と鳥」より。)
◇
テーマとは何のことでしょうか。
ここには
公園で獲物を探している1匹の猫の
俊敏な動きがとらえられ
その様子をうかがっている男の眼が
猫の眼とかち合って猫は一目散に近くの植込みに逃げ込み
しばらくしてまた獲物を求めて公園を散策する
――という一連の経過が描かれます。
四つの眼ががっぷりよつになった瞬間の静かな緊張と
危険を感じた猫が踵(きびす)を返して逃げる様、
そして再び獲物のハンティングの姿勢をとる猫の
だるそうでありながら真剣な仕草が
詩人の眼によって
シンプルに過不足なくとらえられます。
都会のとある公園の昼下がりの一つの風景が
見事に鋭利な眼差しで切り取られたのですが
なぜこの詩がここにあるのでしょうか。
◇
それがどうしたというのでしょうか。
都会の猫のきびしい生存の姿が描かれたのでしょうか。
メッセージ(意味)は
そのようなものではなさそうですが
邪魔が入って失敗したハンティングを
もう一度はじめる猫の
飢えた物腰に焦点が当てられているものではなさそうです。
焦点はそこにあるように見え
そこにメッセージが込められているとしても
そのようなメッセージを主張することに重心がある詩ではなさそうです。
◇
やはり、ここでも
鉄柵の向うから見ていた男が気になります。
この男に重心があるものでもないのに
やはり、この男の登場が
この詩の肝(きも)のように作られていそうです。
男は鉄柵の向うから猫の動きをうかがっているだけで
意味を担(にな)って登場したとも言えないほどに
自然にそこに現われるのですが
ただの通行人にしては
ただならぬ存在感があるのはどこから生じるものでしょうか。
◇
一服の清涼剤の詩のようでありながら
ここにも補助線のような
触媒のような
呼び水のような役割が負わされてはいないだろうか。
詩集を読むときに
類似(類型)を探し
相違を見い出すという作業を繰り返しているうちに
詩(集)と親しくなっているという経験を積んでいます。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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