茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その2
(前回からつづく)
(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)
むずかしい詩が続くなあ
何が歌われているのかさえわからない
でも……。
◇
なかば辟易(へきえき)し
なかば退屈しつつも
詩のタイトルの妙なアンバランスが気がかりで
詩集の終わりを見届ける気持ちになります。
◇
「見えない地面の上で」があり「地球の夜」があり
「海鳴り」「木」が続くという配置に
「これは何だろう」と戸惑ったのがはじまりでした。
「ニュータウン」から「夏の地獄」へ
「夏の地獄」から「友だち」「幼年期」へという並びにも
「何だろう、この不連続感は」と不審を明かしたい姿勢は生まれ
詩集編集の裏側(意図)をうかがう姿勢は生まれ
「帰ってきた人」から散文詩「山鳩」への流れでは
見覚えのある現実――というべきか
(時の流れに省略がない)物語――というべきか
普通の(3次元の)自然が現われて
読み手の頭脳に血が流れ出す感じになります(ました)が……。
次の「通夜」でまた
「さっぱりわからなくなる」世界に戻されてしまいます(ました)。
◇
詩集を読み続ける意志が消失しないのは
どういう理由からでしょうか?
退屈であると感じたその時に
そこから立ち去れば済むものを
そうはしないのは
そこに何かの理由があり
そこに引き留める存在(魅力)があるからです。
◇
たとえば「山鳩」の末行に、
道は深く 産道のように崖を穿っていて 時がきたら わたしもあの道を通って広場へ行くのだ。
――とあり
つづく「通夜」のはじまりは、
三角形の土地の上には菱形の台所があって 絶えずそこから多面体の料理が選び出される。
――とある時に、
二つの詩の異なり具合に驚かされて当たり前のことでしょう。
「何なのだ、これは?」と不思議に思った時に
詩世界へ入り込んでいるのは必然というものです。
奇跡のようなことが
ここにはじまっています。
◇
「通夜」の独断的な言葉使いは
「雪」「地平」「淡雪」「挙式」……にも
果てしなく続くかのようです。
詩のはじまりだけを幾つか読んでみます。
雪はそのしたの地面を一層黒くする。地面から滲み出してくる熱気もまた その上に住むひとの
ものだ。死を所有したものは いつかそのことによって復讐される。
(雪)
石つぶての浮き出してくる道の果て
(地平)
走っていく男の形態は 時間の先端に似ている。
(挙式)
◇
得体の知れない言葉の列――。
ひとりよがりのような。
どうもひっかかる――。
無意識に使われている言葉ではないのに。
何なのだろう――。
終わりまで読めば
何かがわかるかも知れない――。
このように思えるようになったとき
詩は、辟易させ退屈であるにもかかわらず
近づいています。
近づいた途端に
遠ざかりながら
また近づいてきます。
◇
「居間」には「挙式」の不可解さは消え失せて
幾分か人間臭くなり
「焼跡」へ
「県立女学校」へ
「集団疎開」へ
「公園で」へ
「青物市場」へ
「遊園地へ行く道」へ
「投票所まで」へと
「生活」の匂いがにじみ出る詩が並びます。
この末尾の詩群を一つひとつ読んでいく中に
奇跡のような経験が待ち構えていて
そこにはこの詩集を編んだ詩人の大いなる企(たくら)みが存在するのを知ったとき
奇跡は感動に変わります。
ここでは
冒頭行だけを読んでおきましょう。
◇
「公園で」と「青物市場」以外は散文詩の形をしていますから
第1行は1字下げではじまっています。
◇
月は血を滲ませた傷口のように 焼跡の空にかかっている。 (焼跡)
授業が終ると教室の前の廊下は 色の褪せたセーラー服のまま床に坐りこんだ女学生で一杯になる。 (県立女学校)
道は白く 北へ向かって延びている。 (集団疎開)
子供たちは一人 また一人と帰っていき
街角に群がっていた制服姿の女子中学生も
なにか相談事を済ませて分かれていった。 (公園で)
青物市場には四つの門がある。 (青物市場)
遊園地へ行く道に 五軒の木筋アパートと一軒の会社の寮が並んでいるところがある。
入場券をポケットにつっこんで わたしは出かける。 (投票所まで)
◇
途中ですが
今回はここまで。
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