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2015年12月26日 (土)

茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その5「集団疎開」

(前回からつづく)


(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

「公園で」や「青物市場」で描写される現在に

過去(戦争)は溶け込んでいて

それは遠い日の出来事のいかにも風化した姿であるように登場します。

 

それらを叙述(描写)する詩(人)の眼差しは

「集団疎開」を回想する眼差しと

同一のものであるかのようです。

 

眼差しというより

眼差しの角度といったほうが正確か。

 

風景を見ている角度や距離感が

みなどこか同じであるかのような。

 

 

子供たちは一人 また一人と帰っていき

街角に群がっていた制服姿の女子中学生も

なにか相談事を済ませて分かれていった。

(公園で)

 

青物市場には四つの門がある。

(青物市場)

 

この二つの詩の歌い出しの眼差しは

「集団疎開」の

道は白く 北へ向かって延びている。

――と叙述する眼差しと同じもののように感じられるのです。

 

角度や距離感までもが

同じように歌われている感じがするのは

詩(人)のいる場所が同じところであるからでしょう。

 

 

このように読んでみると

「集団疎開」という詩のなかへ分け入るのは

容易なことになります。

 

 

集団疎開

 

 道は白く 北へ向かって延びている。夏の終りの光はまわりの田畑に降り注ぐ。その道を二列縦隊で

行く子どもたちの一隊。道端の陋(ろう)屋の乾いて崩れかかった板壁に打ちつけられている大学目薬

の広告――その青地に白文字の金属板だけが 風景のなかで鮮やかだ。


 松林と赤とんぼの群がかれらを迎える。かれらはまだなにも感じていない――遠足気分ではしゃいで

いる! 朝 かれらは昨夜の惨めな経験のあとをお互いの顔に見出してたじろぐ。そして自分たちが大

馬鹿だったことに気づく。

 

 だがもう遅い。歓声と旗に送られ 専用車輛でレールの継ぎ目を一つ一つ運ばれてきた時間を逆に戻

すことはできない。反乱は成功しない。検閲と飢えのなかにかれらは置き去りにされる 戦争が終るま

で。だが戦争はいつ終るのか?

 

(思潮社「高良留美子詩集」所収「見えない地面の上で」より。)

 

 

第1段落の風景が

東北地方のものであるかを

読者は知る由もないことでしょうが

作者である詩人は栃木県西那須野村へ集団疎開した経験があります。

 

「大学目薬」に懐かしさを感じる読者は

現在、70歳を越えている世代になるでしょうか。

 

田舎道を行進する子供たちの風景――。

 

第2段落、第3段落には

昨夜来の事件が子供たちの内面に引き起こしている衝撃が叙述されますが、

それは成功しなかった反乱であるらしいことくらいしか触れられません。

 

叙景(描写)は子供たちの感情に触れますが

いつしか「?」を感じる主体である詩人が現われるのです。

 

戦争はいつ終るのか? という疑問形の主格は

詩人本人に違いありません。

 

こうして詩は

叙景にとどまってはおらず

内面(の劇)が追いはじめられたのですが

結果は空しいものだったのです。



 

 

第5段落。

 

冬がくる。地平には雪に蔽われた山々が横たわる。かれらは電球のまわりでひびわれた手を暖めな

がら めいめい自分の汚れ物を洗う。こっそりと便所のなかで 隠しておいた食べ物を喰う。夜 かれら

は家族からきた手紙を何度も数える。

 

第6段落。

 

 戦争はかれらから遠のいている。だが春先の雨は遠い汽笛を 思いがけなく耳の近くまで運んでくる。

かれらは胸を絞めつけられるが 脱走する勇気が出ない。

 

(同上。)

 

 

現在の公園の風景を叙述するような穏やかなトーンが

この散文詩にも流れるようですが

歌われている現実(集団疎開)の苛烈さを逆に想像することができます。

 

 

このようにして

詩は読者にとば口を開いており

詩世界が近づいてくるのは

繰り返し何度も読むからであります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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