茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子」/初期詩篇から「白昼幻想」
(前回からつづく)
(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)
高良留美子が
最も早い時期に作った詩篇の一つに「白昼幻想」があり
それが「高良留美子詩集」(思潮社)のトップに載っています。
「未刊詩篇(1)」は
「初期詩篇から」としてまとめられ
その冒頭に置かれているのですから
かなり早い時期の制作であることに間違いありません。
その「白昼幻想」こ出てくる男は
「集団疎開」や「公園で」に現われる年老いた男をすぐに思い起こさせる
元型のような存在です。
読んでみましょう。
◇
白昼幻想
木々の濃い影を道に落して
住宅街は日射しの下で眠っていた
流しの水音が山奥の流れのように響き
黒猫は音をたてずに板塀の上を歩き
子供は 蠟石で道に機関車の絵を描いていた。
そのときだ あの男がやってきたのは
風のようにあらわれて 風のように立ち去った
母親はふと 表が静かなのに気づいて
裏口からのぞいてみる
どこを見ても 子供は影もない!
探し疲れた人びとがうなだれて
郊外の日暮れの道を戻ってくるとき
かれらは見るだろう 切通しの
赤土の壁に 頭から突き刺されている
さらわれた子供の二本の裸かの脚を。
(それらは瑞みずしい肌を風にさらし
いまこの世界に出現したばかりの毒茸のように
他の植物を枯らして成長し 土手や
丘を蔽いはじめるように思われた。
子供の胸に特有の柔らかさ その生命力――)
誰もその男を見なかった
誰もその足音を聞かなかった
だが人びとは互いに見合わせる眼のなかに
その男の憎しみに満ちた視線を
見たように思ったのだ。
五月のそよ風が家々のまわりを吹いていたが
窓をあけて挨拶を交す者はなくなった
かれらの背中に濃い影がひろがり
かれらは全身に喰いこん鉛のような影を
背負って歩いた。
かれらはしだいに思いはじめた 今までも
他人を愛したことなどなかったのだと
隣人の不幸を心から願っていたのだと
かれらはひそかにあの男を愛しはじめた
だがかれらは気がつかなかった あの男が
近づいてきた戦争の影だったことを。
(思潮社「高良留美子詩集」所収「初期詩篇から」より。)
◇
この男は
戦争の比喩(直喩!)としてあらわれるのですから
戦争そのものですから
ある特定の人物像をイメージしても無駄なことでしょうが
戦争が人間の行うものであるから
人格みたいなものを持っていると見做すのは
無理なことではありません。
第3連に出てくる
殺された子供の裸の足――。
( )でくくられた第4連は、
詩(人)のモノローグでしょうが
生命力をみなぎらせて風を受けている死体が
世界に充満していくであろう未来を
じっと見ている眼差しには
感情のかけらも表明されません。
戦争のはじまりは
このように白日下の幻想のようだった――。
◇
とんでもない思い違いでないかぎり
この男は
「集団疎開」や「公園で」を歩いている男へと
つながっていきます。
◇
途中ですが
今回はここまで。
« 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その5「集団疎開」 | トップページ | 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子」/「生徒と鳥」の「公園で」 »
「116戦後詩の海へ/茨木のり子の案内で/高良留美子」カテゴリの記事
- 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「月」から「塔」へ(2016.02.24)
- 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「大洪水」そして「月」(2016.02.22)
- 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/詩集「生徒と鳥」の「風」その3(2016.02.21)
- 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/詩集「生徒と鳥」の「風」その2(2016.02.19)
- 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/詩集「生徒と鳥」の「風」(2016.02.18)
« 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その5「集団疎開」 | トップページ | 茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子」/「生徒と鳥」の「公園で」 »
コメント