茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その4「青物市場」
(前回からつづく)
(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)
「公園で」は
いつのことを歌ったものでしょうか?
現在のある日のことでしょうか?
どこかに、今もあるのでしょうか?
今は、すでにない過去のことなのでしょうか?
◇
このように問うのは、詮(せん)無いことでしょうか?
◇
公園で
子供たちは一人 また一人と帰っていき
街角に群がっていた制服姿の女子中学生も
なにか相談事を済ませて分かれていった。
コンクリートの小山のまわりで
水飲み場の方から移ってきた中学生の一人が
通りかかる友達にひと声罵声を浴びせている。
さっき女の子たちの散っていった塀の前
灰色の空の下を
一人の老年の男が肩を少しまるめ
重そうな鞄をさげて住宅街の方へ通り過ぎる。
(思潮社「高良留美子詩集」所収「見えない地面の上で」より。)
◇
子供たち
街角
制服姿の女子中学生
……と読んでもわかりませんが、
コンクリートの小山が
公園に作られた遊具の山でありそうで
戦前には見かけられなかった風景のはずですから
これは現在(といってもこの詩が作られた1960年代)の風景であることを推定できます。
――と読んでよいのでしょうか。
確かにそう読んでよいのでしょうが
この詩が歌っているのは
戦後を25年近く経たどこかの(きっと東京の)公園の風景に過ぎないのでしょうか。
詩集を読んできた流れにある者は
そのように読むだけでは満足できないことを
だれもが気づくはずです。
◇
重そうな鞄を下げて住宅街のほうへ通り過ぎる一人の老年の男
――。
この老年の男に似た男が
この詩の前にある「集団疎開」の末尾にも登場したばかりなのを
詩集の読者は記憶しています。
その男は次のように現われます。
「集団疎開」から一部を引きます。
◇
戦争はかれらから遠のいている。だが春先の雨は遠い汽笛を 思いがけなく耳の近くまで運んでくる。
かれらは胸を絞めつけられるが 脱走する勇気がでない。
夜なかにサイレンが鳴り 南の空が染まるのを見た翌朝 かれらはついに帰ってくる。列車の窓から
かれらが最初に見たものは まだ煙を上げている廃墟にたたずむ人びとと 駅のプラットフォームを放
心したように歩いている 襤褸(ぼろ)を着て片手に焼けた薬鑵をさげた一人の男だ。
(思潮社「高良留美子詩集」所収「見えない地面の上で」より。)
◇
「公園で」が歌う風景は
2015年現在でも
ごく普通に見られる風景に違いありません。
中学生がたまり
ひとしきり賑わいを見せていた公園から
人気が失せていった後に
老いた男が重そうな鞄を下げて通り過ぎて行くのが見えた
――というだけのいっときが叙述されたに過ぎない詩のようです。
それだけ取り出せば
「呼び水」のようなもの(役割)であるような。
触媒(しょくばい)であるような
補助線であるような
……。
この詩の次にある「青物市場」も
そのような役割を負って
配置されたようです。
◇
青物市場
青物市場には四つの門がある。
人びとはその門をくぐって取引場へ行く。
大通りに面した東門の前には
つぶれたネギの葉っぱが散らばっている。
臨時駐車場は古いコンクリートの塀に囲まれ
「霊安室入り口→」というしるしが
いまもその角のところに残されている。
南門のそばの線路わきには
明け方から開いている食堂がある。
門のなかからは饐(す)えた野菜の匂いが漂ってくる。
住宅のある西門の前を過ぎ
北門をこえて行くと保育園がある。
夏の陽を浴びた葉むらのしたで
母親のあとを追いかけてきた女の子が
門の青い鉄柵にしがみついて泣いている。
(同上。)
◇
戦争の影は
ここでは老いた男にではなく
「古いコンクリートの塀」であったり
「霊安室入り口→」という標識であったりします。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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