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2015年12月23日 (水)

茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「見えない地面の上で」その4「青物市場」

(前回からつづく)

(※茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

 

「公園で」は

いつのことを歌ったものでしょうか?

 

現在のある日のことでしょうか?

 

どこかに、今もあるのでしょうか?

 

今は、すでにない過去のことなのでしょうか?

 

 

このように問うのは、詮(せん)無いことでしょうか?

 

 

公園で

 

子供たちは一人 また一人と帰っていき

街角に群がっていた制服姿の女子中学生も

なにか相談事を済ませて分かれていった。

コンクリートの小山のまわりで

水飲み場の方から移ってきた中学生の一人が

通りかかる友達にひと声罵声を浴びせている。

さっき女の子たちの散っていった塀の前

灰色の空の下を

一人の老年の男が肩を少しまるめ

重そうな鞄をさげて住宅街の方へ通り過ぎる。

 

(思潮社「高良留美子詩集」所収「見えない地面の上で」より。)

 

 

子供たち

街角

制服姿の女子中学生

……と読んでもわかりませんが、

コンクリートの小山が

公園に作られた遊具の山でありそうで

戦前には見かけられなかった風景のはずですから

これは現在(といってもこの詩が作られた1960年代)の風景であることを推定できます。

 

――と読んでよいのでしょうか。

 

確かにそう読んでよいのでしょうが

この詩が歌っているのは

戦後を25年近く経たどこかの(きっと東京の)公園の風景に過ぎないのでしょうか。

 

詩集を読んできた流れにある者は

そのように読むだけでは満足できないことを

だれもが気づくはずです。

 

 

重そうな鞄を下げて住宅街のほうへ通り過ぎる一人の老年の男

――。

 

この老年の男に似た男が

この詩の前にある「集団疎開」の末尾にも登場したばかりなのを

詩集の読者は記憶しています。

 

その男は次のように現われます。

 

「集団疎開」から一部を引きます。

 

 

 戦争はかれらから遠のいている。だが春先の雨は遠い汽笛を 思いがけなく耳の近くまで運んでくる。

かれらは胸を絞めつけられるが 脱走する勇気がでない。

 夜なかにサイレンが鳴り 南の空が染まるのを見た翌朝 かれらはついに帰ってくる。列車の窓から

かれらが最初に見たものは まだ煙を上げている廃墟にたたずむ人びとと 駅のプラットフォームを放

心したように歩いている 襤褸(ぼろ)を着て片手に焼けた薬鑵をさげた一人の男だ。

 

(思潮社「高良留美子詩集」所収「見えない地面の上で」より。)

 

 

「公園で」が歌う風景は

2015年現在でも

ごく普通に見られる風景に違いありません。

 

中学生がたまり

ひとしきり賑わいを見せていた公園から

人気が失せていった後に

老いた男が重そうな鞄を下げて通り過ぎて行くのが見えた

――というだけのいっときが叙述されたに過ぎない詩のようです。

 

それだけ取り出せば

「呼び水」のようなもの(役割)であるような。

 

触媒(しょくばい)であるような

補助線であるような

……。

 

この詩の次にある「青物市場」も

そのような役割を負って

配置されたようです。

 

 

青物市場

 

青物市場には四つの門がある。

人びとはその門をくぐって取引場へ行く。

大通りに面した東門の前には

つぶれたネギの葉っぱが散らばっている。

臨時駐車場は古いコンクリートの塀に囲まれ

「霊安室入り口→」というしるしが

いまもその角のところに残されている。

南門のそばの線路わきには

明け方から開いている食堂がある。

門のなかからは饐(す)えた野菜の匂いが漂ってくる。

住宅のある西門の前を過ぎ

北門をこえて行くと保育園がある。

夏の陽を浴びた葉むらのしたで

母親のあとを追いかけてきた女の子が

門の青い鉄柵にしがみついて泣いている。

 

(同上。)

 

 

戦争の影は

ここでは老いた男にではなく

「古いコンクリートの塀」であったり

「霊安室入り口→」という標識であったりします。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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