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2015年12月 3日 (木)

茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「木」と「水辺」

(前回からつづく)

 

見えない地面

――というイメージは

いったいどのようなイメージでしょうか。

 

そう発語した詩人はいま

どこにいるのでしょうか。

 

地下にあって

地上をのぞんでいるのでしょうか。

 

天にあって

地上を眺めているのでしょうか。

 

 

詩(人)の眼差しは

どこかしら

「もの」の中にもぐり込んでいるように思えませんか?

 

 

「海鳴り」をひととおり読んでみると

「見えない地面」というテーマと

クロス(接続)するのがうっすら感知できます。

 

見えないのは

見えなくなっている状態ですし

見えなくされているからですし

見たいのかもしれませんし

見なければならないのかもしれないですし

実は

見えているのかもしれません。

 

見えなかった地面が

見えたのを

見えないと歌ったのかもしれません。

 

「海鳴り」は

見えなかったものが見えたという

発見であるかもしれません。

 

 

「木」という詩の構造が

「海鳴り」を読むヒントになることでしょう。

 

 

 

一本の木のなかに

まだない一本の木があって

その梢(こずえ)がいま

風にふるえている。

 

一枚の青空のなかに

まだない一枚の青空があって

その地平をいま

一羽の鳥が突っ切っていく。

 

一つの肉体のなかに

まだない一つの肉体があって

その宮がいま

新しい血を溜めている。


一つの街のなかに

まだない一つの街があって

その広場がいま

わたしの行く手で揺(ゆ)れている。



         ――詩集「見えない地面の上で」

 

(「詩のこころを読む」より。)

 

 

「木」は

詩集「見えない地面の上で」の中では

「海鳴り」の次に配置されています。

 

茨木のり子も

連続したこの二つの詩を取り上げました。

 

 

木のなかの木

青空のなかの青空

肉体のなかの肉体

街のなかの街

……

 

「海鳴り」の乳房は

メタファーを通じて砂地(=子宮)を導いていますが

少し複雑なだけで

詩の構造は「木」と同じです。

 

からだのなかのからだ。

同じからだ。

 

どちらも一つのものです。

 

 

ここで「木」と似たつくりの小品「水辺」に

目を通しておきましょう。

 

第2詩集「場所」以後に書かれ

第3詩集「見えない地面の上で」に配置しなかった詩が

「未刊詩篇」(3)として

「高良留美子詩集」(思潮社)に収められています。

 

その中の作品です。

 

 

水辺

 

コスモスは

コスモスのなかで

ゆれている。

 

河は

河のなかを

流れている。

 

水辺に釣糸をたれるひとよ

あなたは

あなたのなかで

眠っているの?

 

(思潮社「高良留美子詩集」より。)

 

 

コスモス

あなた

……。

 

これらの

「もの」を捉える詩(人)の眼差しは 

同じ手法(感性)です。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

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