折りにふれて読む名作・選/中原中也/「春」
校庭とか校舎とか教室とか――。
学校が詩に呼び出されるのは
追憶(思い出)のためばかりではありません。
追憶以上のものがあります。
◇
春
春は土と草とに新しい汗をかかせる。
その汗を乾かそうと、雲雀(ひばり)は空に隲(あが)る。
瓦屋根(かわらやね)今朝不平がない、
長い校舎から合唱(がっしょう)は空にあがる。
ああ、しずかだしずかだ。
めぐり来た、これが今年の私の春だ。
むかし私の胸摶(う)った希望は今日を、
厳(いか)めしい紺青(こあお)となって空から私に降りかかる。
そして私は呆気(ほうけ)てしまう、バカになってしまう
――薮かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?
薮(やぶ)かげの小川か銀か小波か?
大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに
一つの鈴をころばしている、
一つの鈴を、ころばして見ている。
(「新編中原中也全集 第1巻・詩Ⅰ」より。現代表記に改めました。編者。)
◇
中原中也の手にかかっては
学校の景色(の思い出)は万能の妙薬みたいなもの。
この詩をじっくり読めば
その秘密がわかります。
◇
いま、詩人は
実際に「厳(いか)めしい紺青(こあお)」の空の下にいます。
冬の間死に絶えていたかの土や草は
瑞々しく息を吹き返し
天高く雲雀は鳴いています。
(学校の)瓦屋根も満足気に
長い校舎からは合唱の声があがるのです。
春の音たちの途切れた一瞬の
気の遠くなるような静けさ――。
◇
この瓦屋根も長い校舎も
実際に詩人の視界のなかにありますが
同時にその建物の中には
遠い日の記憶がぎっしり詰まっている。
「時の建物」でもあるのですね。
学校はその「むかし」に
熱くぼくの胸を高鳴らせた希望のありかだったのです。
希望は、
今日のこの日に
紺青の空となってぼくを襲いかかってくる――。
今、ぼくが見ているあの青い空は
希望そのものの実現ではないか!
恐ろしいような
とろけるような悦(よろこ)びの中にぼくはいます。
◇
ここまで書いて
年が明けました。
(つづく)
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