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2016年1月 1日 (金)

折りにふれて読む名作・選/中原中也/「春」

校庭とか校舎とか教室とか――。

 

学校が詩に呼び出されるのは

追憶(思い出)のためばかりではありません。

 

追憶以上のものがあります。

 

 

 

 

 

 

春は土と草とに新しい汗をかかせる。

 

その汗を乾かそうと、雲雀(ひばり)は空に隲(あが)る。

 

瓦屋根(かわらやね)今朝不平がない、

 

長い校舎から合唱(がっしょう)は空にあがる。

 

 

 

ああ、しずかだしずかだ。

 

めぐり来た、これが今年の私の春だ。

 

むかし私の胸摶(う)った希望は今日を、

 

厳(いか)めしい紺青(こあお)となって空から私に降りかかる。

 

 

 

そして私は呆気(ほうけ)てしまう、バカになってしまう

 

――薮かげの、小川か銀か小波(さざなみ)か?

 

薮(やぶ)かげの小川か銀か小波か?

 

 

 

大きい猫が頸ふりむけてぶきっちょに

 

一つの鈴をころばしている、

 

一つの鈴を、ころばして見ている。

 

(「新編中原中也全集 第1巻・詩Ⅰ」より。現代表記に改めました。編者。)

 

 

中原中也の手にかかっては

学校の景色(の思い出)は万能の妙薬みたいなもの。

 

この詩をじっくり読めば

その秘密がわかります。

 

 

いま、詩人は

実際に「厳(いか)めしい紺青(こあお)」の空の下にいます。

 

冬の間死に絶えていたかの土や草は

瑞々しく息を吹き返し

天高く雲雀は鳴いています。

 

(学校の)瓦屋根も満足気に

長い校舎からは合唱の声があがるのです。

 

春の音たちの途切れた一瞬の

気の遠くなるような静けさ――。

 

 

 

この瓦屋根も長い校舎も

実際に詩人の視界のなかにありますが

同時にその建物の中には

遠い日の記憶がぎっしり詰まっている。

 

「時の建物」でもあるのですね。

 

学校はその「むかし」に

熱くぼくの胸を高鳴らせた希望のありかだったのです。

希望は、

今日のこの日に

紺青の空となってぼくを襲いかかってくる――。

今、ぼくが見ているあの青い空は

希望そのものの実現ではないか!

 

恐ろしいような

とろけるような悦(よろこ)びの中にぼくはいます。

 

 

ここまで書いて

年が明けました。

 

 

(つづく)

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