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2016年1月11日 (月)

折りにふれて読む名作・選/中原中也訳ランボー/「孤児等のお年玉」現代表記で

 

ランボー「孤児等のお年玉」の

中原中也訳を

歴史的かな遣いでは読みにくいと感じる人のために

現代表記に直しました。

 

此(こ)の、其処(そこ)、等(ら)などを

ひらがな表記にしたいところでしたが

原作をできる限り維持しています。

  

 

孤児等のお年玉
 

 

薄暗い部屋。

ぼんやり聞こえるのは

二人の子供の悲しいやさしい私話(ささやき)。

互いに額を寄せ合って、おまけに夢想(ゆめ)で重苦しげで、

慄えたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。

戸外(そと)では、小鳥たちが寄り合って、寒がっている。

灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでいる。

さて、霧の季節の後(あと)に来た新年は、

ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、

涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄えて歌ったりする。

 

 

 

二人の子供は揺れ動くカーテンの前、

低声で話をしています、恰度(ちょうど)暗夜に人々がそうするように。

遠くの囁(ささやき)でも聴くよう、彼等は耳を澄ましています。

彼等屡々(しばしば)、目覚時計の、けざやかな鈴(りん)の音には

びっくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、

硝子の覆いのその中で、金属的なその響き。

部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲(まわり)に散らばった

喪服は床(ゆか)まで垂れてます。

酷(きび)しい冬の北風は、戸口や窓に泣いていて、

陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹き込みます。

彼等は感じているのです、何かが不足していると……

それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとって、

それは得意な眼眸(まなざし)ににこにこ微笑を湛(たた)えてる母親なのではないでしょうか?

母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れていたのでありましょうか、

灰を落としてストーブをよく燃えるようにすることも、

彼等の上に羊毛や毬毛(わたげ)をどっさり掛けることも?

彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを言いながら、

その晨方(あさがた)が寒いだろうと、気の付かなかったことでしょうか、

戸締(とじ)めをしっかりすることさえも、うっかりしていたのでしょうか?

――母の夢、それは微温の毛氈です、

柔らかい塒(ねぐら)です、其処に子供等小さくなって、

枝に揺られる小鳥のように、

ほのかなねむりを眠ります!

今此の部屋は、羽なく熱なき塒です。

二人の子供は寒さに慄え、眠りもしないで怖れにわななき、

これではまるで北風が吹き込むための塒です……

 

 

 

諸君は既にお分りでしょう、此の子等には母親はありません。

養母(そだておや)さえない上に、父は他国にいるのです!……

そこで婆やがこの子等の、面倒はみているのです。

つまり凍った此の家に住んでいるのは彼等だけ……

今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に

徐々に徐々にと繰り展(ひろ)げます、

恰度お祈りする時に、念珠を爪繰(つまぐ)るようにして。

ああ! お年玉、貰える朝の、なんと嬉しいことでしょう。

明日(あした)は何を貰えることかと、眠れるどころの騒ぎでない。

わくわくしながら玩具(おもちゃ)を想い、

金紙包(きんがみづつ)みのボンボン想い、キラキラきらめく宝石類は、

しゃなりしゃなりと渦巻き踊り、

やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。

さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で跳(は)ね起きる。

目を擦(こす)っている暇もなく、口には唾(つばき)が湧くのです、

さて走ってゆく、頭はもじゃもじゃ、

目玉はキョロキョロ、嬉しいのだもの、

小さな跣足(はだし)で床板踏んで、

両親の部屋の戸口に来ると、そおっとそおっと扉に触れる、

さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、

接唇(ベーゼ)は頻(しき)って繰返される、もう当然の躁(はしゃ)ぎ方です!

 

 

 

ああ! 楽しかったことであった、何べん思い出されることか……

――変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!

太い薪は炉格(シュミネ)の中で、かっかかっかと燃えていたっけ。

家中明るい灯火は明(あか)り、

それは洩れ出て外(そと)まで明るく、

机や椅子につやつやひかり、

鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を

子供はたびたび眺めたことです、

鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、

戸棚の中の神秘の数々、

聞こえるようです、鍵穴からは、

遠いい幽かな嬉しい囁き……

――両親の部屋は今日ではひっそり!

ドアの下から光も漏れぬ。

両親はいぬ、家よ、鍵よ、

接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないままで、去(い)ってしまった!

なんとつまらぬ今年の正月!

ジュと案じているうち涙は、

青い大きい目に浮かみます、

彼等呟く、『何時母さんは帰って来ンだい?』

 

 

 

今、二人は悲しげに、眠っております。

それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は言われることでしょう、

そんなに彼等の目は腫れてその息遣いは苦しげです。

ほんに子供というものは感じやすいものなのです!……

だが揺籃を見舞う天使は彼等の涙を拭いに来ます。

そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。

その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇(くち)は

やがて微笑み、何か呟くように見えます。

彼等はぽちゃぽちゃした腕に体重(おもみ)を凭(もた)せ、

やさしい目覚めの身振りして、頭を擡(もた)げる夢をばみます。

そして、ぼんやりした目してあたりをずっと眺めます。

彼等は薔薇の色をした楽園にいると思います……

パッと明るい竃には薪がかっかと燃えてます、

窓からは、青い空さえ見えてます。

大地は輝き、光は夢中になってます、

半枯(はんかれ)の野面(のも)は蘇生の嬉しさに、

陽射しに身をばまかせています、

さても彼等のあの家が、今では総体(いったい)に心地よく、

古い着物ももはやそこらに散らばっていず、

北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。

仙女でも見舞ってくれたことでしょう!……

――二人の子供は、夢中になって、叫んだものです……おや其処に、

母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、

ほら其処に、毛氈(タピー)の上に、何かキラキラ光っている。

それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、

チラチラ耀く黒玉や、真珠母や、

小さな黒い額縁や、玻璃の王冠、

みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。

                〔1869年末つ方〕

 

(講談社文芸文庫「中原中也全訳詩集」より。ルビは( )で示しましたが、読みやすくするために、原作にはないものを、適宜、加えました。編者。)

 

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