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2016年1月26日 (火)

茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「塔」へ5

(前回からつづく)

 

(茨木のり子の読みを離れています。編者。)

 

 

「塔」の第4連には

 

逸楽の砂地

仮装が地獄の道を通って行った

酔いしれた鉄骨

――といったやや晦渋なメタファーが出てきて少し戸惑いますが

最終連としての結語の意図を汲んで読むと具合がよいようです。

 

 

 忍耐がかんじんだ。リラの花が海辺をかざるのは夜だけではない。月は虹のあいだに逸

楽の砂地を見たのだ。葡萄の実はうれる。はなやかな仮装が地獄の道を通って行った。何

時かえってくるとも知れぬ、だが祭りはたしかに酔いしれた鉄骨に不思議な作用を及ぼし

たのだ。

 

 

(思潮社「高良留美子詩集」所収「生徒と鳥」より。)

 

 

忍耐がかんじんだというメッセージが

学校がえりの少女たちに向けられたものであることを見失わなければ

大筋を外すことはないでしょう。

 

祭りがどんなことを指示しているか。

 

これ一つとっても絞りきれませんが

集団疎開が戦時下の出来事であることを思えば

それ=祭りは

「酔いしれた鉄骨」(何らかの障害)に

言い難い(不思議な)ダメージを与えた

――というようなことが起きたのだと想像することができるのではないでしょうか。

 

絶望ばかりしている場合じゃないのよと

少女たちを励ます声は

両親のごたごたを語って聞かせたクラスメートや

詩人自身へも向けられていることでしょう。

 

 

「学校がえりの少女たち」とは

戦時下の、特定の、

集団疎開中の少女たちを指している上に

(この詩を書いている今の)詩人自身を指しているのであり

この詩を書くきっかけになった

喫茶店で両親のごたごたを打ち明けたクラスメートでもあり

さらには

同じような困難のなかにある女性たち全般をも指し示している

――ということになるのは

この詩が作品となっていく過程で生じる

奇跡といってよいでしょうか。

 

このからくり。

 

私的な体験が

作品化した末に獲得する普遍性の秘密。

 

それを「わが二十歳のエチュード」の記述が明らかにしています。

 

 

「塔」は

詩集「生徒と鳥」に発表される以前には

1953年10月24日の日付を持つタイトルのない草稿でした。

 

「わが二十歳のエチュード」では

この日付の「スケッチ帳2に」の項に整理されました。

 

前に韻文(行分け詩)を配して

「作品」と題されたのです。

 

スケッチ帳の草稿を

韻文と散文で構成した「詩」の形に整え

これに「作品」というタイトルがつけられました。

 

「作品」につづいて

「雲と銀杏(いちょう)」というタイトルの詩が配置されましたから

韻文―散文―韻文の形の一連の詩が連なりました。

 

 

「塔」は

この真ん中の部分で

ここではタイトルはありません。

 

その韻文の部分を読んでみましょう。

 

前の部分――。

 

 

一つの堕落

その上につみあげられ、鉄骨の下まで染み通っていった

もう一つの堕落

君は珈琲店で淡々として母の<淫蕩>を語る

 

 

目白の喫茶店でクラスメートが話したごたごたは

このように詩語化されます。

 

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

 

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