折に触れて読む名作・選/茨木のり子「最上川岸」
「鯛」の次にありました。
目にとまり
そのまま終わりまで読んで
目が開かれる思い。
◇
最上川岸
子孫のために美田を買わず
こんないい一行を持っていながら
男たちは美田を買うことに夢中だ
血統書つきの息子に
そっくり残してやるために
他人の息子なんか犬に喰われろ!
黒い血糊のこびりつく重たい鎖
父権制も 思えば長い
風吹けば
さわさわと鳴り
どこまでも続く稲の穂の波
かんばしい匂いをたてて熟れている
金いろの小さな実の群れ
<あれはなんという川ですか>
ことこと走る煤けた汽車の
まむかいに坐った青年は
やさしい訛(なまり)をかげらせて 短く答える
<最上川>
彼のひざの上に開かれているのは
古びた建築学の本だ
農夫の息子よ
あなたがそれを望まないのなら
先祖伝来の藁仕事なんか けとばすがいい
和菓子屋の長男よ
あなたがそれを望まないのなら
飴練るへらを空に投げろ
学者のあとつぎよ
あなたがそれを望まないのなら
ろくでもない蔵書の山なんぞ 叩き売れ
人間の仕事は一代かぎりのもの
伝統を受けつぎ 拡げる者は
その息子とは限らない
その娘とは限らない
世襲を怒れ
あまたの村々
世襲を断ち切れ
あらたに発って行く者たち
無数の村々の頂点には
一人の象徴の男さえ立っている
(ちくま文庫「茨木のり子集 言の葉1」所収 詩集「鎮魂歌」より。)
◇
きっぱりと
こうまで言い切る。
「鯛」もそうでした。
◇
血が噴き出すような
また、返り血を浴びたに違いない。
プロテストと呼びもしたい。
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