茨木のり子厳選の恋愛詩・初めての高良留美子/「大洪水」そして「月」
(前回からつづく)
(茨木のり子の読みを離れています。編者。)
◇
「風」は
はじめ、家並みをぬって吹く風であり
次に、石壁の前に立ちどまり
次に、少しずつ死んでいき
最後には、死に絶えます。
こうして擬人化された風が
現れては消えてなくなる過程で
家並みや枯枝や街角や
壁や少女や
少女の髪の毛やらに交渉(関与)し
存在しなくなった街角に
別のものがたりがはじまる
――という物語を語り終えて
詩は終わりました。
◇
詩集「生徒と鳥」は
「冬」
「大洪水」
「月」
「燃える人」
「街路樹の月」
「雨の日」
――などの同系列の詩をところどころに並べ
「公園で」「生徒と鳥(1)」「塔」を経て
「風」へと至ります。
◇
「塔」へという求心力のいっぽうで
「風」からという遠心力を感じさせるような構造といえるでしょうか。
「塔」(の系列詩)のもつ物語性を読むのに
「風」(の系列詩)はヒント以上の役割を果たしているようです。
◇
「風」を読んだ眼差しには
同系列の詩群が
親密になっているのを感じることができます。
いくつかに
目を通しましょう。
◇
大洪水
広い地面
周囲にコンクリートの高い壁
風ひとつ立たない
地面に石ころがころがっている
何の変哲もない石っころ
石ころの中に水がある
水の鏡に空が映る
石ころの中の水が少しずつ増殖する
すると水に映った空も増殖する
石ころの中で、水と空とが増殖する
一滴の水が
地面にこぼれ落ちる
やがて地面は水でいっぱいになる
空でいっぱいになる
水と空とが押しあって
コンクリートの壁を壊してしまう
*
世界中の地面にころがっている石ころが
水と空とを増殖しはじめる
波ひとつ立てないで
水が一滴石ころからこぼれ落ちる
◇
素粒子の世界とでもいってよい
物質の爆発のメカニズムを見るような――。
この爆発につづいては
月への狙撃。
◇
月
月をねらって射つ!
すると月は笑って、
その銀の笑いは
わたしの魂の
眠っている枝から
百羽の鳥を誘い出す。
(思潮社「高良留美子詩集」所収「生徒と鳥」より。)
◇
月を射つというのは
じっくり見る、というほどのことでしょう。
見上げる姿勢は
いつも目撃の姿勢です。
見ているだけで
何かが解き放たれる
爽快感。
◇
この詩に巡りあえてもはや
高良留美子ファンであるかもしれませんが
これらの詩は
第1詩集のほんの一部に過ぎません。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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